ー敗北は立ち上がる狼煙ー

 3話—1 その夢を踏み越えて

 始まってみれば伝説の一角である教導官 闘真とうま――暁の名ライジング・サンを名乗る者の中では、最も現場経験があるとされる彼も現役の後塵を浴びる事となる。

 すでにパドックにマシンを戻した二人――荒野の荒馬マスタングは敗戦の将となるも、高い人気でドレスアップの花として専用展示車両区画へと移り……鋼鉄の白馬RX-8はさらなる戦いのため英気を養う。


 ポイント僅差ながら敗北を帰した教導官闘真――パドック裏で観客のサイン攻めを軽くこなしながらも、八汰薙の弟ロウへ惜しみないエールを送っていた。

 

「やるな若造……オレとした事が少々現役を見くびりすぎたか?」


「こちらも伝説のお相手……歯ごたえがありましたよ?無論、負ける気は毛頭ありませんでしたが――」


「くくっ……一丁前に吼えたな?若造。だが――」


「ええ……。やはりこの大会のメインは――」


 胸を借りながらも毅然きぜんとした態度の八汰薙の弟――しかし、最初から圧倒する気であったと暁の伝説闘真を煽り……答える伝説の一角も、反論に羨望を混ぜて返す。

 だが――二人のレーサーはすでに理解を共有する。

 今大会に於ける自分達の立場は、所詮に過ぎぬと――

 後に続くレースこそがであると――深く言葉を交わすでもなく、その事実を共有していた。


 そして――

 二人のレース直後の熾烈なるポイント争いが、それを如実に語る事となる。




 会場は一瞬の静けさの後、大歓声に包まれる。

 観客の規模で言えば、地方大会レベルであったスポットレース——だが……巻き起こる嵐の様な歓声は、本家のシリーズ戦に迫る勢いで会場を沸かせた。


 その歓声が向けられるは、今驚愕のドッグファイトを繰り広げた二人の少女——拍手喝采は、幼き二人の健闘を惜しみなく讃えている。


 激闘を終えた二人はその先——キングの座を目指す資格会得の指針……グリップとドリフト総合ポイントを以って勝敗が決される。

 ドレスアップポイントでも甲乙付け難い少女達のマシンは、まさに魂の走りに付けられたポイントこそが運命の分かれ道であった。


『ベスト4を決定するこの二回戦……両者の総合獲得ポイントは——』


 パドックに並ぶマシンを堪能した、観客からの投票数を%表示。

 ポイントに置き換えたそれへ、審査員よりのポイントが合計されるドレスアップポイント——そこへ驚愕の走りが生んだ競技部門審査ポイントが加味され……二人の戦乙女ヴァルキュリアの内からベスト4の一人が選出される。


『クサナギの当主様が駆るワイズブリッド——総合得点のD・Pドレスアップ・ポイント90は目新しさに欠けたが……RG・Pレーシンググリップ・ポイント95にRD・Pレーシングドリフト・ポイント95は今レース史上初の高得点——』


『対し……円城寺えんじょうじ ハル選手の駆る後輪駆動スペシャル、インテグラ TYPE Rの総合得点――D・Pドレスアップ・ポイントは不動の97ポイント!しかし……RG・Pレーシンググリップ・ポイント89とRD・Pレーシングドリフト・ポイント93は当主様に一歩及ばずっっ——』


 狂気のマイクパフォーマンスで踊る様にMCから突き付けられたが、クサナギの小さな当主——そして、円城寺えんじょうじが誇る財閥令嬢へ叩き付けられた。


『ベスト4進出は……何と、次期ドリフトキングの呼び声高き戦乙女ヴァルキュリアを破ったダークホース——クサナギの名門の生まれ……当主クサナギ 桜花おうか様だーーーっっ!!』


 その明暗は二人の少女の面持ちへ光と影を生む。

 歓喜に震える小さな当主桜花は、喜びのまま円城寺えんじょうじのご令嬢へと飛ぶ様に歩み寄った。

 が——


「ハルさん凄かったです!私こんなに本気になったのは初めてで……とても良い勝負ありがと——」


 飛ぶ勢いで出された両手を、財閥ご令嬢——ギリリと歯噛みする表情も刹那に笑顔へ移すが……ぎこちなさを前面に押し出す作り笑い。

 再び払った当主の両手を取るが、当主はそこから伝わる震えを否応無しに感じ取った。


「——ごめん……なさい、当主様。良かったですね……優勝、目指して頑張って下さい……——」


「……あ、あの……ハルさ——」


 当主が感じた震えに戸惑いながら呼びかけるも、その声を振り切りマシンへ搭乗した財閥ご令嬢はその後無言のまま——力無く、パドックへマシンと共に戻って行った。

 響くNAサウンドへ哀しみの咆哮を宿して――


 予想だにしないライバルの態度へ、呆然とする小さな当主——彼女もくすぶった思いのままマシンへ搭乗……背後で大歓声に沸き返る観客へ、戸惑いを残しながらコースを後にする。

 甲高いはずのエキゾーストに、そこはかとない迷いをまぶす様にパドックへ戻った当主……それを待ち構えた男が歩み寄る。


「お嬢様……素晴らしいご健闘ぶり、感嘆致しました。次はいよいよ八汰薙やたなぎが誇る若武者、ロウとのバトルです。お気持ちを切り替えて——」


「ちょっと待って!ハルさんも凄く頑張ったんだよ!?私だけじゃなくハルさんにも——」


 愛車のウインド越しに掛けられた優しきSPの言葉へ——ヘルメットを脱ぎ捨て、まるで反発する様に返答した当主は……SPからの続く言葉に絶句する事となる。


「お嬢様……勘違いなさらないで下さい。貴女は今、のです。——その夢を踏み躙られた本人への哀れみは、もはや死人を足蹴にする様な侮辱に他なりません……。」


「……えっ……?」


 ————

 その言葉の羅列は鋭き刃となり――小さな当主の

 さらに浴びせ掛ける様に、優しき衣を被ったが——親愛なる当主が理解に足る様に、全容を語って行く。


円城寺えんじょうじ財閥は宗家傘下でありますが、分家候補筆頭です。——しかし宗家は立場上、を分家に加える事はまかり間違ってもあり得ません——」


「——彼女の夢とは、このアンダー—16最後のレースでキングを追い落とし……分家にのし上がる確たる資格を得る為です。、守護宗家の力の源になるのです。」


 凍りつく小さな当主——己の事ばかりへ思考が偏り、対戦する相手にまで配慮の回らなかった彼女……しかしSPの口にした判然たる事実が、思考を停止させたのだ。


 その当主を一瞥し——優しきSPは語る。

 其処にはただ、過ちを諭す為だけでは無い……彼女の生きる未来を見据え——今彼女が、超えるべき最大の試練へのヒントをまぶして——


 ——


「お嬢様……貴女は彼女の夢を踏み躙った——しかしそれを捉える必要はありません。貴女は、貴女自身の超えるべき試練を超えて見せなさい。——でなければ、彼女の顔に泥を塗る事になります。」


「——言うなればそれは……このレース界と言う世界に於ける――武士道なのです。」


 突き付けられた事実と……揺るがぬ現実はたった一つ——小さく揺れていた淡き灯火ともしびを、

 凍り付き……思考を停止させた少女が、突き付けられた真実と向き合った時——その胸に眠っていた業火を高らかに燃え上がらせる。

 それはあたかも、天津神の炎神が降り立ったかの如く——


「——あぎとさん……私は……!私が優勝して……ハルさんの勝利を無駄にしないと——誓います!」


 猛る決意をほとばしらせる主へ、優しきSPの言葉は無く——しかし握った拳を突き出し、小さな当主も応じる様に拳を正面よりぶつける。

 もはや二人の主従に言葉など不要であった……必要なのはただ一つ——ただ全力でその座を目指し、全力を以って戦う以外に存在しなかったのだ。



****



 その衝撃は、私の思考からあらゆる迷いを吹き飛ばすのには十分でした。

 あぎとさんの立場はドリフトキングと言う面も含め、粗方を聞き及んではいましたが——当然ハルさんとは普通の友人としての付き合いが関の山。


 けど——彼女に勝利してその全容を知った今、私はもう


「カグツチ君……大丈夫?私は本気であぎとさんのいる場所を目指して——超えて行かなくちゃならなくなった……。」


「言わずもがなであるぞ、主よ。元より我は、そのために主へのお力添えを買って出ている……今はその我への配慮も、勝利するための力へと成されよ。」


 肩口に浮かぶ半量子体の天津神様カグツチ君——すでにかなりの無理を強いているのに……開く口からは、一切の弱音も吐かぬ誇りを見せてくれます。

 決意はその天津神の炎神様にも伝わり——ベスト4出走前に待機室へ足を運ぶ私は、その部屋前で足を止めました。


 聞こえて来たのは——敗北者となったライバルのご令嬢……

 扉を開ける事無く足を進め……私は決意を新たに瞳を閉じて、心を研ぎ澄まします。


「何で……今日勝てれば私達は……!くそっ……ちくしょーーーーっっ!!」


 心に刻まれる怒号。

 そして嗚咽。


 私は今……誰かからでは無い——、私のライバルである友人の挫折をこの身に刻んだのです。

 もう自分の迷いを忘れてでも、形振なりふり構っていられない——、決意を胸にただ歩みます。


 でも……私は気付いていませんでした。

 敗北者の思いを背負う自分が、すでにクサナギ当主としての必要に足る……——

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