ー敗北は立ち上がる狼煙ー
3話—1 その夢を踏み越えて
始まってみれば伝説の一角である教導官
すでにパドックにマシンを戻した二人――
ポイント僅差ながら敗北を帰した
「やるな若造……オレとした事が少々現役を見くびりすぎたか?」
「こちらも伝説のお相手……歯ごたえがありましたよ?無論、負ける気は毛頭ありませんでしたが――」
「くくっ……一丁前に吼えたな?若造。だが――」
「ええ……。やはりこの大会のメインは――」
胸を借りながらも
だが――二人のレーサーはすでに理解を共有する。
今大会に於ける自分達の立場は、所詮かませ犬に過ぎぬと――
後に続くレースこそが真の見せ場であると――深く言葉を交わすでもなく、その事実を共有していた。
そして――
二人のレース直後の熾烈なるポイント争いが、それを如実に語る事となる。
会場は一瞬の静けさの後、大歓声に包まれる。
観客の規模で言えば、地方大会レベルであったスポットレース——だが……巻き起こる嵐の様な歓声は、本家のシリーズ戦に迫る勢いで会場を沸かせた。
その歓声が向けられるは、今驚愕のドッグファイトを繰り広げた二人の少女——拍手喝采は、幼き二人の健闘を惜しみなく讃えている。
激闘を終えた二人はその先——キングの座を目指す資格会得の指針……グリップとドリフト総合ポイントを以って勝敗が決される。
ドレスアップポイントでも甲乙付け難い少女達のマシンは、まさに魂の走りに付けられたポイントこそが運命の分かれ道であった。
『ベスト4を決定するこの二回戦……両者の総合獲得ポイントは——』
パドックに並ぶマシンを堪能した、観客からの投票数を%表示。
ポイントに置き換えたそれへ、審査員よりのポイントが合計されるドレスアップポイント——そこへ驚愕の走りが生んだ競技部門審査ポイントが加味され……二人の
『クサナギの当主様が駆るワイズブリッド——総合得点の
『対し……
狂気のマイクパフォーマンスで踊る様にMCから突き付けられた無情が、クサナギの小さな当主——そして、
『ベスト4進出は……何と、次期ドリフトキングの呼び声高き
その明暗は二人の少女の面持ちへ光と影を生む。
歓喜に震える
が——
「ハルさん凄かったです!私こんなに本気になったのは初めてで……とても良い勝負ありがと——」
飛ぶ勢いで出された両手を、勢いのまま払い除ける財閥ご令嬢——ギリリと歯噛みする表情も刹那に笑顔へ移すが……ぎこちなさを前面に押し出す作り笑い。
再び払った当主の両手を取るが、当主はそこから伝わる震えを否応無しに感じ取った。
「——ごめん……なさい、当主様。良かったですね……優勝、目指して頑張って下さい……——」
「……あ、あの……ハルさ——」
当主が感じた震えに戸惑いながら呼びかけるも、その声を振り切りマシンへ搭乗した財閥ご令嬢はその後無言のまま——力無く、パドックへマシンと共に戻って行った。
響くNAサウンドへ哀しみの咆哮を宿して――
予想だにしないライバルの態度へ、呆然とする小さな当主——彼女も
甲高いはずのエキゾーストに、そこはかとない迷いを
「お嬢様……素晴らしいご健闘ぶり、感嘆致しました。次はいよいよ
「ちょっと待って!ハルさんも凄く頑張ったんだよ!?私だけじゃなくハルさんにも——」
愛車の
「お嬢様……勘違いなさらないで下さい。貴女は今、彼女の抱いたたった一つの夢を踏み躙ったのです。——その夢を踏み躙られた本人への哀れみは、もはや死人を足蹴にする様な侮辱に他なりません……。」
「……えっ……?」
——夢を踏み躙った——
その言葉の羅列は鋭き刃となり――小さな当主の慈愛の心を貫いた。
さらに浴びせ掛ける様に、優しき衣を被った獰猛なる野獣が——親愛なる当主が理解に足る様に、全容を語って行く。
「
「——彼女の夢とは、この
凍りつく小さな当主——己の事ばかりへ思考が偏り、対戦する相手にまで配慮の回らなかった彼女……しかし
その当主を一瞥し——優しきSPは語る。
其処にはただ、過ちを諭す為だけでは無い……彼女の生きる未来を見据え——今彼女が、超えるべき最大の試練へのヒントを
愛しき主を突き放した——
「お嬢様……貴女は彼女の夢を踏み躙った——しかしそれをそう捉える必要はありません。貴女は彼女の夢を踏み越えて、貴女自身の超えるべき試練を超えて見せなさい。——でなければ、生半可なお嬢様の勝利が彼女の顔に泥を塗る事になります。」
「——言うなればそれは……このレース界と言う世界に於ける――武士道なのです。」
突き付けられた事実と……揺るがぬ現実はたった一つ——小さく揺れていた淡き
凍り付き……思考を停止させた少女が、突き付けられた真実と向き合った時——その胸に眠っていた業火を高らかに燃え上がらせる。
それはあたかも、天津神の炎神が降り立ったかの如く——
「——
猛る決意を
もはや二人の主従に言葉など不要であった……必要なのはただ一つ——ただ全力でその座を目指し、全力を以って戦う以外に存在しなかったのだ。
****
その衝撃は、私の思考からあらゆる迷いを吹き飛ばすのには十分でした。
けど——彼女に勝利してその全容を知った今、私はもう自分の迷いに立ち止まる暇は無くなってしまったのです。
「カグツチ君……大丈夫?私は本気で
「言わずもがなであるぞ、主よ。元より我は、そのために主へのお力添えを買って出ている……今はその我への配慮も、勝利するための力へと成されよ。」
肩口に浮かぶ半量子体の
決意はその天津神の炎神様にも伝わり——ベスト4出走前に待機室へ足を運ぶ私は、その部屋前で足を止めました。
聞こえて来たのは——敗北者となったライバルのご令嬢……その嘆き。
扉を開ける事無く足を進め……私は決意を新たに瞳を閉じて、心を研ぎ澄まします。
「何で……今日勝てれば私達は……!くそっ……ちくしょーーーーっっ!!」
心に刻まれる怒号。
そして嗚咽。
私は今……誰かからでは無い——自分の聴覚へ響く嘆きで、私のライバルである友人の挫折をこの身に刻んだのです。
もう自分の迷いを忘れてでも、
でも……私は気付いていませんでした。
敗北者の思いを背負う自分が、すでにクサナギ当主としての必要に足る……真の資格を得ていた事を——
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