2話—4 新世代ドリフトバトル

 メガフロート内テストコースを囲む観客席が沸き返る。

 すでに単走を終えた選手がコース上のお披露目と、愛車と共に立ち並び——包む大歓声に、惜しみ無い笑顔を送っていた。

 ベスト8に残った彼らこそ、このレース会場のヒーローである。


 そしてその中から、今日という戦場レースに於いての最強が誕生するのだ。


 このスポット開催とも言えるドリフトレース——それも宗家の関係者内開催と言う異例の事態にも関わらず、集まる観客は本戦さながら。

 宗家に関連する関係各所のモータースポーツ好きもさる事ながら、ドリフトレースと言う競技が如何いかに日本国民における心の支えとなっているか……この荒廃と戦い続ける現代では、この祭典は国民の勇気を生み出す原動力そのものであった。


 その歓声の中——選手陣より歩み出る影。

 黒と白を基調としたツートンカラーへ、灼熱の炎をイメージさせるファイアーパターンが手足を彩るレーシングスーツ。

 凛々しき双眸へ宿る野獣の如き猛りが、オーラとなってその身より溢れ出す。

 刹那——会場が先の大歓声を超える情熱で爆発し……たった一つの言葉の羅列が、巨大にうねる大波の様なコールとなり吹き荒れた。


「「ドリフト・キング!ドリフト・キング!ドリフト・キング!ドリフト・キング——」」


 そのコール……大会における最強の称号を得た者を讃えると同時に——新たなる刺客が背後に迫っているぞと、危機感をその者へ叩き付けるヤタナギグループ独自の大会の儀式。

 頂点に立ちし者を鼓舞し——同時にそれに挑む挑戦者チャレンジャーへ送る賛美を込めて、観客席より放つはすでに大会恒例行事となっていた。


 それがにわかの勝利者であれば、容易くその座を奪われてもおかしくは無い想像を絶する圧力プレッシャー——しかしその影は、うねる大波の様な圧力プレッシャーを受けてなお……


 天を突く「。」との裂帛の気合いを乗せた拳が、歓声をもはや止めようも無い荒波へ変貌させる。


「……これが、あぎとさんのもう一つの素顔……。——凄いね……。」


「ふむ……これは中々に心地よい気合いぞ……主よ……!」


 直接的には目にする事も無かった、——そこで多くの観客にさえ、期待と羨望を刻む者……それが、のもう一つの顔。

 クサナギの小さな当主も大歓声に紛れ、歓喜を確かに抱いていた。

 だが——


「……カグツチ君。私……行くよ?あの場所に……!」


 それはまさにこの大歓声のもう一つの側面——頂上へ君臨する者が称えられるは至極当然……故に挑戦者チャレンジャーにとっては

 ならば自分がその頂点へ上り詰めてやろう——頂上にそびえるキングと呼ばれる最強をと言う、挑戦者チャレンジャーの魂を熱くたぎらせる戦いの儀式。


 その様相こそが、日常における戦場の姿そのものを現していた。


『さあ、始まりました!本戦の目玉——スポット開催と相成るも、シリーズ戦においてポイントを落とせぬ選手……更にはキングの座を虎視眈々と狙う挑戦者チャレンジャー——』


『その一同が参加するはここ——メガフロートイースト—1【新横須賀市】を舞台にした本大会……【R・D・Cレーシング・ドリフト・チャンピオンシップ】、開幕だーーーっっ!』


『それでは——選手を、しょーーかいしていくぞーーっ!準備は良いかーー観・客・席ーーーーっっ!』


 会場を更に盛り上げるMCが、場内マイクへ荒振る魂を叩き付ける様に——ドリフトレース開催を宣言し……大仰なリアクションを交えた選手の簡略的な紹介へと移る。

 、MCのマイクパフォーマンスもこの宗家主催レースでは重要視された。

 その根幹にはやはり、ドリフトレーサーと観客との一体感が重要と踏んでの催しだ。


『まずはトーナメントの最初を飾るは――日本が誇る伝説がぁーー 一人!機動兵装教導官……亜相あそうーー闘真とうまーー!!』


『続いてその伝説を相手取る若き新鋭――当八汰薙やたなぎ分家が誇る期待の熱い男……八汰薙やたなぎの弟ーーローーウ!』


 パフォーマンスも華やかに、大会トーナメントの先陣を切る二人がマシン前へ躍り出て――観客席へ向け突き上げた拳のまま、互いを一瞥……決意も新たに言葉を交わす。


桜花おうかちゃんを励ますつもりがこの展開――ならば俺達も腑抜けたレースなど言語道断。……勝たせてもらうぞ?若造。」


闘真とうまさん……すみませんが、それは俺のセリフです。この舞台にあの子が居るなら俺も、案を講じた手前無様は見せられません。」


 若造と呼ぶ伝説も、十二分な若さを覚醒により手に入れるが――やはりその人生経験で言えば八汰薙やたなぎの若衆を軽々凌駕する。

 しかし若き気鋭たかぶる八汰薙やたなぎの担い手も、返す気合は伝説に劣らぬ猛りを宿す。


『――第二セクターは、何と今大会キングとのバトルが最も有力視されるドリフト界の可憐な華が二輪――そしていきなりの対決となるのはーークサナギが誇る当主様、クサナギ 桜花おうかと……アンダー-16の輝ける新星、円城寺えんじょうじ ハーールーーっっ!』


 会場が一層と沸き返る。

 決して暁の伝説ライジング・サン達や、八汰薙やたなぎの担い手が軽視されている訳ではない――その人気の根幹は、彼女達がドリフトの歴史でも最も頂点に近い……であるが故なのだ。


 互いに一瞥する可憐な二輪の華――

 しかし……会場を埋め尽くす観衆はまだ気付かない―― 一瞥した二人が放つ少女達の灼熱のたぎりを。

 同じく居並ぶレースと言う戦場に立つ者だけが、それをつぶさに感じ取る。


 そこに立つ可憐な華は、今――華どころではない、と化していたのだ。


『——第三セクターにはこれまた伝説の一角、ストリートならば暁の伝説ライジング・サンが、の新進気鋭とガチバトル——』


『警察代表は現役警部、叶 奨炎かのう しょうえん——ストリートレーサー代表は風間かざま・リューベルだーーーっっ!』


 まさに紹介通り……悪しき犯罪者を取り締まる現役警部である伝説奨炎——が、実の所彼は【闇の深淵オロチ】に関わる部門が主であり……一般の犯罪はそのついでの担当と言う立場である。


「また嫌味な紹介だなオイ……(汗)そもそも俺は交通課じゃ無ぇよ……。担当部署がまるで違うって……。」


「いやオレとしては、結構ストリートでヤンチャしてた頃の鬱憤があるんで—— 一般代表として勝たせてもらいますよ!」


「ほう?いい度胸じゃねぇか。ならこちらも手加減無しと行こう——何、……無礼講のガチバトルだ!」


 ストリート上がりのドリフトレーサーは、このご時世で減少傾向にあるも——この風間かざま・リューベル……積み上げた実績も申し分無しの、日系ハーフドライバー。

 暁の伝説奨炎とは初顔合わせであるも、まさにストリートでは多分に警察のご厄介になった経緯を持っている。

 鬱憤とはそう言うたぐいの内容であろう。


『さらに第四セクター ――さあ、観客よ!この世紀の戦いをしかと見据えろ!今大会シード枠ではない――予選から猛威を振るうキングの走り……それに挑むは、これまた八汰薙やたなぎ分家が誇る期待のもう一角――』


『ドリフトキング、綾城 顎あやしろ あぎととーーーその親友、八汰薙やたなぎ シリウーーーっっ!』


 紹介も涼しげに流す二人――しかし互いに投げる視線は、あらぶる闘志が大気を焼き焦がす。

 優しきSP八汰薙やたなぎ兄弟は、宗家内でも稀に見る親しさを見せる親友――だがここはレースと言う戦場……そのうえ本懐はクサナギの小さな当主を元気付けると言う名目が含まれる。

 集う大人達は皆、その意図を言葉を交わす事もなく理解していた。

 と言う行為では、恐らくあの少女にとって何の意味も成さない事を――そしてこの戦場から得られる物なくしては、クサナギの未来を背負う少女は……。


「すいませんシリウさん……オレはお嬢様をレースに引き摺り出した以上――。――よって……決勝でお嬢様と戦うのはオレです。そして、オレがお嬢様を打ち倒します!」


「なるほど……ようやくお前も素が見えたな。――いや?レースと言う戦場がそうさせたか?まあいい……それよりも、中々じゃないか。」


「――オレとて簡単に勝ちを譲るほど、甘い友情ごっこに浸った覚えはない――全力で行かせてもらう!」


 小さな当主のSPとしての人生――そこに費やす物は計り知れない優しきSP綾城 顎

 当初の目的より大幅に迂回したかの当主レース参加――それでも優しきSPは、むしろそこから学べる物があると知り得ていた。

 そこには、現状対魔刀剣アメノムラクモを握る事が出来ぬ当主の心の迷い……それを屠るべき真髄が、一見かけ離れたこの競技と言う舞台に秘められている――否、それを自ら体現し続けているのが彼である。


 小さな当主が振るった剣は、決して悪意によって振り抜かれた剣では無い――それどころか、に……

 だからこそ……その使――綾城 顎あやしろ あぎとと言う男は、このレースにおいて体現し続ける。


 敗北者を踏み越えて行くために……勝者として、その敗北者の想いも背負って頂点を目指す――それは、命のやり取りが存在した時代の……


 打ち倒した者の命と人生を背負い――己が生を、決して過ちに染めさせない事……そして、命を背負った剣を決して堕落させない事。

 即ち――剣の道の真髄である。


 かくして小さな当主を励ます事を目的とした一大イベント——レーシングドリフトの頂点を決める戦いの本戦が開始される事となる。


 興奮のまま進むレース内容——そして観客がそれに気付かぬまま時は訪れる。

 初々しき二輪の可憐な華の協奏が、へ変貌するその時を——

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