2話ー3 レースと言う名の戦場

 プラクティス終了後、ベスト8を決める単走に入る。

 実質この時点で、大会のチャンピオンシップに挑める者が決定されるが——ここでは現役か旧世代かに関わらず、上位に食い込める選手がふるいに掛けられる。

 

 それでも、優勝の一文字を手にするため――ふるいの渦中へと挑む挑戦者達。

 その挑む者達の目下の標的は、日本が誇る伝説達ライジング・サンに宗家を担う若手達――ドリフト界の新世代は、宗家の上位に位置する存在さえも脅かす猛者で溢れ返っていたのだ。


 本来このチャンピオンシップは本戦に組まれていた物ではないため、シリーズポイントに余裕を持つ者――チーム体制でレースに挑む契約上の選手達には、参戦を見合わせると言うチームオーダーを受けた者も存在する。

 その最大要因――本大会のスタンスとして、ドリフトキングの称号を得た者はシード選手扱いとなる上……基本予選が免除となる。

 結論からすれば、堅実なシリーズを通しての勝利をもぎ取るため――ポイントに余裕さえあれば、無理を押しての相手をする必要はない。

 つまりはと言う事態は、堅実なる勝利に暗雲しか生まないのだ。


 しかし――その魂に挑戦者チャレンジャーの炎を宿す者達は、そのを求めてやって来る。

 挑戦者チャレンジャーは言う――――


「……負けた……若手に負けた……。ショック……。」


「そりゃしゃーないわなぁ……只でさえ、現役女性ドライバーの活躍は目覚ましんだから。」


「……あんた……それ、私にケンカ売ってると取ってもいいの?」


 選手枠にて、クサナギの小さな当主を元気付ける為に集まった伝説の紅一点。

 ――が、まさかの若手女性ドライバーに敗北を帰し……ベスト8から弾かれると言う辛酸を舐める事となる。

 伝説達の参加と聞くも、決して臆さぬ若手の台等——亜相 沙織あそう さおり支部局長様は見事なイジケモードへ突入し……見事ベスト8に残った腐れ縁の頭脳派警部奨炎に慰められる。

 彼女も人ならざる者の災害バイオ・デビル・ハザードの只中に、愛車を駆り救済に尽力したドライバー ——しかし、現役に遅れを取る程にブランクも存在した。


 そもそもテクニックと言う面で言うならば——任務により入り組んだ街中を疾駆する当時の【デビルバスター】と、クローズドサーキットを舞台に駆けるドリフトレーサーでは技術的に異なる面も多い。

 人造の魔を狩る者達デビルバスターに求められた技術は、例えるなら契約内容に従いマシンを駆る運び屋や飛ばし屋の類——純粋にタイムを競うレーサーとは根本が異なる。

 それだけに……レーサーとして今を生きる若手達に、取って変わられるは必然とも言えた。


 ドライバー達が単走後の結果確認の為、選手控え室で一喜一憂に浸る中——実力的には当然とも言える小さな当主桜花が、一般を代表する選手……それも支部局長沙織を負かした新進気鋭との会話に興じていた。


「凄いです、当主様!さも当然の如くベスト8に残るなんて……私もここまで頑張った甲斐があると言うものです!」


「うん、ありがとう!ハルさんもあの伝説の一角……沙織さおりさん超えは予想していませんでしたよ!」


「えへへ~、そんなに褒めないで下さいよ桜——じゃない……当主様!」


「ええぇ~~?そこは名前で呼んでほしいな~~。せっかく口の端まで出かかってたのに~~。」


 小さな当主がそれこそ、友人である黒髪はんなり少女若菜金色の王女テセラと交わす様な空気を醸し出す少女。

 その彼女は円城寺えんじょうじ ハル——小さな当主が通うレーシングドリフトスクールの同期生であった。

 宗家傘下の財閥令嬢……スクールでは共に腕を磨きあった彼女もまた、このレース出場でドリフトレーサーの頂点を目指す者——ある意味伝説の紅一点が敗北したのも頷ける新世代だ。

 

 その容姿はお嬢様を地で行くつつましやかさ——艶やかに背まで伸びた黒の御髪を三つ編みで結い、眉に掛かる切り揃えられた前髪の奥に深い黒真珠の瞳を輝かせる。

 背格好も小さな当主と大差無い程だが、彼女はアンダー—16でもギリギリの16才——世間的に言えば、正にドリフト界における輝ける新星……との呼び声高き少女。


 その新星と和気藹々わきあいあいに浸る小さな当主——しかし彼女は知り得ている。

 自分を当主様と呼んで、人懐っこさを前面に押し出す

 レース中に見せる別人とも思える表情——凍る様な視線に、煮えたぎる闘志を燃やして戦う生粋のレーシングドライバーである姿を。


「では——ベスト8でのお相手……よろしくお願いします!」


 努めて笑顔のまま手を伸ばす小さな当主——それに合わせて手を伸ばしたドリフト界の新星……宿る闘志が燃え上がる様に握り返し——


「ハイ、お手柔らかに!」


 小さな当主は、お手柔らかにと発した少女の双眸へ——のを感じた。

 心地よい闘気が二人を包み……このレースに参加する他のドライバーまでもを熱くたぎらせる。

 伝説達でさえ——自分達は新世代台頭の咬ませ犬に過ぎないとの、自虐的なまでの錯覚に陥る程に……その少女達は熱く燃えたぎっていた。



****



 ベスト8が発表され——このレースに臨みを賭けた選手……そしてあわよくばドリフトキングの座を奪取せんと意気込んだ挑戦者も、非情な選抜に涙を飲みます。

 そこに生まれる雫の輝きは、挑戦者達が本気で挑んだ結果——何かが足りずに敗北者へと落ちた悔しさそのもの。

 勝負と言う世界がこれ程までに過酷な事を、私は知りませんでした。


 だからこそ、ここが戦場と呼ばれ——ロウさんでさえも私に全力の勝負を挑んでくれるのです。


 私はこれまでに敗北した挑戦者達の努力を踏み越えて、ベスト8に臨みます。

 その中で——少しずつ……少しずつですが、自分が対魔霊剣アメノムラクモを握る事が出来ない理由を朧げながらに感じていました。

 けれどまだはっきりとしない——その解の行方は未だ五里霧中ごりむちゅう……深い霧の中に姿をくらませていたのです。

 ならば挑み続けます――その解が私の眼前に姿を表すまで。

 少なくとも……このレースがそのキッカケになるのは、自分でも理解しています。

 いえ——ここで見つける事が出来なければ、私の為に心を割いてくれる大切な人達に申し訳が立たない……そのために――


 そのために私は、眼前の強力なライバル達に——そしてその先に控える、最強のドリフトキングに……挑戦状を叩き付けたのです。



****



 選手らが予選へ向け最後の調整に向かう中――宗家主催と言う体制ではあるが、続々とそのレース観戦をと集まる観客達。

 ヤサカニ裏門当主が取り付けたあては、充分過ぎる観客動員を実現し――軽く見積もっても、地方ドリフト大会並みのギャラリーを呼び寄せた。


 言うに及ばず宗家内関係者を初めとした、宗家傘下の名だたる企業や団体からの観戦客であるが――やはりそこはヤタナギグループを擁する守護宗家……との呼称もあながち嘘とも言い切れぬ状況である。


「なんやウチ、一人ぼっちやね~~ちょっとえるわ。――せやけどアーエルちゃんを呼ぶ訳にもいけへんし――」


 ヤタナギ家を代表する黒髪はんなり少女若菜もまた、このレースにおける観客として訪れる。

 彼女としては珍しい、純粋に単独行動——少なくとも本人はそのつもりでこのメガフロート内レース会場へ訪れていた。

 の、だが――


「ま……待って下さい~~お嬢様ぁ~~!まさか私を置いて行くなんて~~!」


「いや沙坐愛さざめはん?ここ八汰薙やたなぎ管理の敷地おすえ?何も街の外へ外出言う訳やあらへんやん……。」


「いえ、そもそも私のお役目は若菜お嬢様のお付きでして~~……アイタっ!?」


「ええぇ~~……(汗)」


 関係者席への通路——すでに顔パスである少女を追う、二十代前半の女性がはんなりな少女をお嬢様と呼称し……必死で追い縋ろうとして、明らかに


 日常に於いて、クサナギの小さな当主や金色の王女達と行動を共にする事が大半であるはんなり少女——しかし彼女もまた、八汰薙やたなぎ家を代表するご令嬢であり……クサナギの小さな当主の様なお付きSPの存在はあって然るべきなのだ。

 唯一 ——お付きSPとしての頼り無さは常軌を逸している様であるが……。


 その容姿は、それが任務上なのか——それとも自覚が不足しているのか理解に苦しむ、まん丸メガネに

 大きな二房のおさげをユラユラ揺らし、——どこぞのドリフトキングとは比べるまでもなく……〈〉。


 つまづいたSP——国塚 沙坐愛くにつか さざめを見やるはんなりなお嬢様も、流れる汗と共に冷ややかな糸目で……ドンくさいSPのつまづいた、を見て盛大に嘆息した。


 そのはんなりなお嬢様と……お付きのドンくさいSPを含めた宗家内観客は、間も無く始まる【R・D・Cレーシング・ドリフト・チャンピオンシップ】予選——挑戦者達の激闘に歓声を送るべく、続々と会場入りするのであった。

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