ー開催!宗家主催 R・D・Cー

 2話—1 ドリフトキング

 守護宗家が有するメガフロートイースト—1【新横須賀市】——その巨大さたるや、海上設備としては歴史上稀に見る巨大さを持つ。

 航空よりその姿を確認した場合、地上設備と海を隔てて一つに形状を成す。

 宗家を表す陰陽の紋が陸と海を跨ぐ様は、陽に対する陰を陸海に例えた物だ。


 その海上部は、半円を描くプレートを幾重に重ねた複数のブロックを形成するが——そのブロック階層中間に位置する場所へ、Y・O・Mヤタナギ・オート・モーターグループが所有する大型テストコースが内包される。


 そのコース外周に至っては、海洋施設外縁宙空へ突き出す様に設置され——コース長を取ると同時に、海洋施設としての重要な役割を持たされる。

 突き出したコースが上に反り上がるバンクを描き、さらにその外縁を覆う高く強固な防御隔壁で、暴風・高潮被害を軽減する機能も持ちえていた。

 単純な宗家専用施設と言う枠を超え——都心を襲う、数多の自然災害すら防ぐ役割を持ち得た巨大施設である。


そんな外周コースに対し、内縁に配置されるドリフト競技を主軸に据えるショートコース——大小複数のコーナーを繋ぐ二本のメインストレートは、加速距離もそこそこに中高速からのドリフトを意識したレイアウト。


 その場所にて……あの八汰薙やたなぎ兄弟が開催を計画した、R・D・Cレーシング・ドリフト・チャンピオンシップスポット戦——そのプラクティスが今まさに始まろうとしていた。


『それではレースに参加されるドライバーの方々は、ドライバーズ・ミーティングを行います。指定のミーティングルームまでお越し下さい。』


 メガフロート・サーキット区画へ館内放送が流れると、このレース——特にクサナギの小さな当主を元気付けると言う名目以外に、本来のシリーズ戦への弾みを付けようと意気込む者が意気揚々とサーキット区画へ乗り込んでいた。


 パドック内でもそのレーサーを担当するメカニックらが、レースにおける一切の不安排除のためレースマシンの最終調整に入り——同時に行われるレース内車検を経て、それら戦闘マシン達に最後の見栄え……ドレスアップでも最終調整を施す。


 このドリフトレースは、総合会得点数内にレースポイント以外のドレスアップポイントが設定され——レース以外の特別賞も設定される。

 そこには魅せるドリフトと魅せるマシンと言うY・O・Gヤタナギ・オート・モーターグループが掲げるコンセプト——モータースポーツを広めるために行って来た、伝統とも言える大会スタイルが継承されていた。


 そして始まるドライバーズ・ミーティング——レースにおけるペナルティや、コースマーシャルの掲揚するハタへ従う点は通常の公式レース通り……その旨を聞き逃すまいと、レーサー達が一堂に視線をオフィシャルへと向ける。

 30分程のミーティングを終え、各々が各マシンと決戦に向けたプラクティスのためパドックに散る中——選手らにとって予想外の光景……一人の少女へ皆が視線を注ぐ。


「まさかクサナギの当主様が、レースに参戦するなんて……。連絡を受けた時は、てっきり彼女が観客席で観戦する物と——」


「きっと居ても立っても居られなかったんだろ……けど、こちらも手は抜けない。今季の優勝を狙ってるんだからな。」


 口々に溢れる少女への言葉——そこには決して小さな当主を蔑む様な内容は含まれない……が、ここに集まるは

 ピリピリとした緊張が、小さな当主をあらゆる方向から襲っていた。


「確かに桜花おうかちゃんを元気付けるのが目的ではあった——だが、彼女自身が参加するとはオレ達も想定していなかったな……。」


「そうですか?オレにはこうなる事は、大体予想出来ました……そのお嬢様と戦わなければならない事も——」


 八汰薙のクールな兄シリウの意外だと驚愕する姿に、あらかた予想済みとの視線とお言葉を送る優しきSP

 当の二人の視線も小さな凛々しき姿へ注がれる。

 御髪の青に合わせた、数パターンのブルーカラーで全身を覆うレーシングスーツ——宗家を代表するスポンサー群のロゴが、整然とした輝きを放つ。

 グローブとシューズも合わせて、青を乗せた小さな当主専用のデザイン。

 その姿は、サーキットにおけるのそれである。


 しかし浮かぶ表情は、いつもの柔らかな慈悲を湛えた微笑みからいささかか遠ざかる——鋭い視線は彼女が魔を相手取った時に見せる、裂帛の気合いを宿していた。

 今でも彼女は対魔霊剣アメノムラクモを手に取ると、襲う震えで霊剣それを振るうことは出来ない——出来ないのだが、このレースと言う舞台で彼女が意識する事なく魔と相対する姿に導かれたのは……紛う事なくここが戦場と感じた故であろう。


 そう——そこに集まった者は、勝利と言う姿で……そして、に集っているのだから。


「ごめんね、カグツチ君……戦闘の時以外に君へ負担掛けちゃって……。」


 凛々しき肩口に浮遊する、半量子体を取る蒼き炎——天津神の炎神へ眉根を潜め少女が謝罪を口にする。

 レーシングスーツで凛々しく立つ小さな当主桜花——当然魔法少女として立っているのでは無い。

 そのため彼女と生を共にする天津神の破壊神も、このレース参戦のためだけに霊力接続を買って出ていた。


「謝る事などないぞ?主よ。我は、主が一歩を前に踏み出した事が嬉しいのだ。この程度——些細な事ぞ。」


 だが——本来戦闘状態での霊力接続とは異なる神霊力運用法は、炎の破壊神ヒノカグツチにとっても多大な負担となる。

 通常魔法少女としての戦闘時であれば、巨大すぎる神霊力をシステムの補助の元——如何なく振るう事の出来る炎の破壊神。

 が——この様なささやかな日常においては、小さな当主のへの霊力供給……僅かな霊力の糸の微調整を余儀無くされる。

 万一炎神がその制御を誤れば、かつて彼が心痛めた主への力の浸蝕が再発——

 それでも破壊の炎神はそれを買って出た——今少女が一歩を踏み出せねば、二度とその慈愛に揺れる暖かな笑顔を取り戻せなくなる……そう直感していたから。


 プラクティスのため……小さな当主も肩口に浮かぶ天津神の炎神と共に、彼女の専用マシンが戦う瞬間までの雌伏の時を過ごすパドックへ足を向ける。

 彼女にあつらえられたパドック——大柄なリアウイングと、前後バンパー各種へ走行安定性の為に配された小翼カナードを備え……排気マフラーからドロドロと響く音は、等調された野獣の呻き。

 小さな当主は習い事の一環で自らが操っていた、手足となる相棒の元へ寄り添い——担当を任されたメカニック……宗家に属する分家の男性へマシン状態確認に入る。


詠羽えいばチーフさん、暫く乗って無いけど行けますか?私のワイズブリッド。」


「ああ、桜花おうかお嬢様……問題ありませんよ!こっちで定期的に試運転はしています……お嬢様が何時でも乗り込める様にね!」


「良かった……ありがとう。じゃあプラクティス開始までの最終調整——お願いしますね。」


「了解しました!——オイ、ノートPC持ってこ来い!燃調がズレてる……お嬢様に恥かかせんなよ!」


「ういっす!」


 見目麗しい戦闘服姿のお嬢様の言葉に、ここぞと奮起するメカニックチーフ——部下もすかさずチーフの注文をこなしてみせる。


 クサナギ宗家へ八汰薙やたなぎ家から支給されたマシン——Y・O・Gヤタナギ・オート・モーターグループに唯一ラインナップされる複数のグレードを有するスポーツクーペ。

 車体においては独自設計——そこへパーツ供給元である正規ディーラーとの共同生産を行うエンジン……日本が誇る伝家の宝刀、NAノーマル・アスピレーションタイプ RE—3ローターを搭載する。

 車体前方にエンジンを収め、プロペラシャフトとギアボックス一体のトランスアクスルを介して後輪が駆動するF・Rフロントエンジン・リアドライブスポーツカー ——ワイズブリッドRE3—RSが小さな当主搭乗を今かと待ち受ける。


 エンジンサイズから来る低重心な車体と、元来REロータリーエンジンが搭載される日本屈指のスポーツカーRX-7に由来する流線型を鋭く切り落としたデザイン——この時代の新たなるRE伝説とも呼称される。

 大災害前後に中心となるインフラ改革による整備の結果——化石燃料に依存するガソリンエンジンが絶滅しかける現世界。

 既にインフラの整う高圧縮水素とB・Fバイオ・フューエルを主軸に、リアへ積載する発電用小型REを併用したⅤ・G・HVヴァリアブル・ジェネレーター・ハイブリッドマシンでもある。


桜花おうかちゃん、マシンは上々だね。——君の方は……大丈夫かい?」


「あっ……ロウさん。……その、まぁ……大丈夫……かな?」


 小さなレーシングスーツを纏う戦士へ塩を送ろうと、八汰薙のヤンチャな弟ロウが声を掛けた。

 こちらは着込まれたレーシングスーツへ、歴戦のオーラを漂わせる現役ドライバー ——言うに及ばず、八汰薙やたなぎ家においてはドリフトでも名を馳せる。

 先の地球防衛線では金色の王女テセラの危機——そこへ任務上の愛車RX-8を駆り、電光石火の救援を見せたのは記憶に新しい。


 様子を確認した八汰薙やたなぎのヤンチャな弟——しかし直後……その視線へ今まで共にあった魔法少女達にさえも、見せた事がない鋭き気合いを宿す。

 そして一歩を踏み出した少女へ——彼等の戦場における、果し状とも取れる言葉を叩き付けた。


「分かっているとは思うけど——桜花おうかちゃんがこの俺たちのステージに上がったのならば、俺達……それも俺や兄貴だけじゃ無い——」


「ここにいるレースに全てを賭けるドライバーが皆……であり、になる。……そこに一切の容赦なんて存在しない。——当然だ……彼らは勝利を得るためにここにいるんだから——」


「はい!それは百も承知です!」


 少女とて覚悟は上等——そのためにこの場へ足を運んだと、レースにおける先達である八汰薙やたなぎの弟へ……鋭き双眸から裂帛の気合いを叩き返す。


「ははっ!いい気合いじゃないか……なら、俺達は誰が当たるかは分からない——分からないが……それを超えてを目指せ!」


「このR・D・Cレーシング・ドリフト・チャンピオンシップ——綾城 顎あやしろ あぎとのいる場所を……!」


 現在の日本でヤタナギグループがスポーツカーブームを牽引し——その火付け役を担うドリフトの祭典。

 かつて峠を早く走るために生まれたドリフトというスタイルが、公式レースとして日の目を見る以前——人知れず時代の中で受け継がれた

 現在その称号を受け継ぐのは他でも無い——クサナギ宗家が末端分家……綾城家を代表する綾城 顎あやしろ あぎとその人であったのだ。

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