1話—5 炎神の憂鬱と踏み出す少女
我が主である少女は今日もご機嫌だ。
あの宗家が主催する……何だったか、どりふとれえすなる物が開催となり浮かれてこちら——それはもう今までにない程のはしゃぎっぷりである。
宗家が擁する豪邸内——主の寝食のために充てがわれた、八畳以上はある和の薫る部屋。
しかし年頃の
おまけに目に映る衣類の何れもほぼ古き和の赴きが感じられぬ、洋服一辺倒で染め上げられる景色には——すでに寂しさすら覚えている……。
「それでね……
「外側に向けて回転するタイヤが、相手のタイヤに当たる~~ってとこまで接近して!……もう凄いんだからっ!」
幾度もたいやだのましんだのと聞かされ、その度に上の空な相槌を主へ送る我。
正直に言うが……我はどりふととやらの事はまるで理解出来ぬ。
よって幾度と繰り返されようとも、謎の言葉の羅列にしか聞こえぬ事実。
主と日の本の言葉でやり取りしているはずなのだが——まるでそれがこの世界で言う、異国の者との会話に取れる事もある。
全く……我らが愛する民草も、とんでもない方向へ変化を遂げた物だ。
そもそも、我の御神体降臨さえも許容する【魔法少女しすてむ】もそうだが——あの導師の策を阻止するために生み出した【魔導超戦艦 大和】とやらに搭載されていたと言う、ろすと・えいじ・てくのろじい もそうだ。
なぜ漢字すらも充てがわれぬ名が無数に
「——ねぇ、カグツチ君聞いてる?だから凄いんだって!」
「う……うむ。凄いのは理解したが、そろそろ主よ——就寝の時間故我は……——」
「ええぇぇーー……もっとお話しようよ~~。」
主が明らさまにごねて来た。
……これは困った……第一主は
これ以上我が、主の部屋に入り浸る訳に行かぬ——そう思考した目に飛び込んで来る主の表情……即座に我は悟る。
先ほどまであれほどはしゃいでいたと思った、主の瞳の陰り——それが見逃す事も出来ぬほどに曇っていた事実。
これは正しく明らさまなカラ元気。
本人がどれ程傍目に気付かれぬ様に取り繕うとも、やはりまだ十代に差し掛かったばかりの子供であった。
「——……致し方ない。あと少しだけだぞ?主よ……。」
瞳の奥の陰りを見抜いてしまったが故に、必死で元気を演じようとする幼き主を放っておける訳もなく——我はそこからさらに半刻の間、主の繰り返すどりふととやらの話へ振り子の様に相槌を打ち続けたのだった。
『それは難儀だったね……。でも感謝するよ、
「ああ……しかしあの様な陰りを見せられては、無碍にも出来ぬゆえ。願わくばあれで、主の心が少しでも癒されればよいのだが――」
それは主が寝入って少しの刻――宗家より用立てられた量子通信とやらを介し、
晴れやかに澄み渡り……宵を舞う星々の光を仰ぎ見る事が出来る、くさなぎの豪邸屋根瓦に腰を据え――嘆息と共に事と次第を報告していた。
本来あの魔界の姫君に仕えている使い魔とやらと同様に、魔法少女を構築するしすてむの関係上――定期的なでーたとやらを宗家に伝達する必要があった。
特に我と
そこには【魔法少女しすてむ】の大半がどーるとやらに関わるしすてむ応用の上――魔界の魔族らよりも
確かにその通り――普通に考えれば神霊体のみとは言え、我の膨大な霊力が生身の人間に背負えるはずなどあり得ない。
だが……我が主――小さな当主
あの娘に備わった奇跡を越えた異例の生まれこそが、それを可能にするのだ。
『それで、カグツチ殿……現在これといって異常は見られないですか?』
くさなぎの長から提示された問い――それは主と我の霊力的な繋がりの事を指していた。
ここ最近は主の心の陰りも一因であろうが、この神霊体の霊力が不安定となる事が頻発し――長殿へ相談を持ちかけていた。
無論この通信はそれが第一の目的であったのだが。
「うむ、今は安定している。――多分に宗家若衆の努力の
『そうですか、それは何よりです。では今後も何かあれば、遠慮無くご相談下さい。では——』
途切れた量子通信を終え、通信に使用していた霊力の接続解除を見る。
そのまま主である少女が就寝する部屋の方を向き——そして再び満天の夜空を目を向けると、何時しか星々が暗い陰りに覆われ始めていた。
「せめて主に、この霊力変調が災いを
それは主の心の持ち様とは別の場所——我が体内の変調その物が事に異常を来たす恐れ。
この世において、良き流れは良き出来事を——そして悪しき流れは悪しき出来事を引き連れると言う事象が存在する。
主の心の陰りと我の霊力変調——そこから先が良きか悪しきになるかは、今の我にすら測りかねる天秤となり……只ならぬ不穏な動きを見せ始めていたのだ。
****
週末のお休みとなり、すでにメールで状況を知り得ていたはんなりな友人と向かった先はヴァチカン管轄マンション――断罪天使なお友達のお部屋。
そこで明日からでも任務に就く事となる、アーエルちゃんとのお茶会も終え――すでに夕刻の日差しも、橙から真っ赤に染まる頃の事。
任務を控え無理させられない天使様を残し――近くの
もちろん優しいSPさんの了承済みですが。
「はぁ~~、ドリフトレース楽しみだなぁ~~。絶対
「……何や
実の所、私が無理を言って二次会へと漕ぎ着けた訳なんですが——はんなりなお友達も快く了承してくれ、結果この口が止まらなくなってる訳で——
「待ちきれないぃ~~!早く見たいな~~!」
満面の笑みでそのレース——観客席で味わう興奮を妄想しながら、注文した今日お勧めのオレンジジュースに甘く蕩けていました。
でも——興奮が絶頂の私へ、はんなりなお友達がたった一つの言葉を投げかけ……その弾んだ思いに急制動かかります。
「楽しみなんやったら、
「……えっ!?あ……その……うん。それは、そう……なんだけど。」
「……
知らず知らずに宿していた陰り——やっぱりいつも支えてくれるお友達は、見逃してはくれません。
当の私は先と打って変わり、自分でもびっくりするぐらいに落ち込んでしまい——大切なお友達の笑顔まで曇らせてしまいます。
だけどそれでも、すぐに笑顔を振りまくはんなりなお友達——いつもの如く暖かい慈愛が、私に生まれた陰りすらも包む心で語り始めます。
「ウチな?
「ウチはシリウ兄様やロウ兄様が、よう話してくれてた時は……励ましたい言う思いが痛い程伝わって来たけど……。やから言うて、お父様やお母様が帰ってくるはずもあらへんよって……。」
「……あっ……。」
明るい笑顔を見せてくれたはんなりなお友達から出た言葉。
そうです——
あの大戦前の地球の大異変——
その当時近い世代だった
でも——もう彼女の偉大なる両親は、すでにこの太陽系の外へ旅立ち……二度と会う事すら叶わない。
ただ旅立ったのではない——世界の反逆者として追放されたのですから。
月の遺跡で今も任務に励む私の両親——そこに存在する決定的な違い。
その思考に辿り着いた私は居た堪れなくなり、視線を落としてしまいます。
そんな視線が沈んでしまった私へ向け——はんなりなお友達は暖かい心もそのままに語ります。
「せやけどいつやったか……ドリフトレースで何やえろう綺麗な走りする車がおって、ウチ見とれてしもたんよ。それが――」
言葉と共にそっと私の両手へ添えられる……柔らかなはんなり少女の手。
さっき出た両親の事は、気にする必要もないと言う想いが篭められた――大切なお友達の心遣いがその手より伝わり――
「それが
「――そう、なの?」
正直それは予想外でした。
私は純粋な習い事の一つとしてレーシングドリフトをこなしてたけど――誰かが自分の走りをそんなに褒めてくれるなんて、思いもしなかったんです。
そして――私の中で何かが少しだけ前進する言葉を……大切なお友達が投げかけてくれるのでした。
「あとな?兄様達が、よう口にしとった言葉を教えたげるわ。『ドリフト競技に関わらず、レースで戦う
「『レースと言う物は、自動車における格闘技――勝利出来るか否かで己の価値が決定される非情な世界なんだ。』って、教えてくれはりましたえ。」
ドクンっ!と高鳴る鼓動。
勝利するか否かで価値が決まる格闘技――私は今までレースをその様に捉えた事は一度もありません。
けどその言葉を聞いた瞬間――クサナギ家において代々継承される奥義を継いだ私……その今の自分にも重なる事があると悟った気がしました。
宗家に代々伝わる奥義継承の儀——そこに選ばれるのは、最も力を有する第一分家……それが古代より続いた伝統であり習わしです。
故にその力を得るため拮抗する御家同士が、宗家を継ぐため凌ぎを削り——権力闘争に敗れた御家は存在すら解体される事も……つまりは敗北者となるのです。
形は違うと思います——けど本質は変わらない……そう確信しています。
それは固定観念に阻まれた、一般社会の人間には理解出来ない境地にある真理――人間本来が持つ闘争の歴史そのもの。
古き時代、この日本と言う国は闘争の歴史を剣術と言う形で継承し——そして現在……あらゆる競技に形を変えて存在しているのだと思います。
唯一違うのは死が伴うか……伴わないか。
そう――きっとあの【
私はそれに打ち勝ち――勝者となった。
そして、敗北者となった彼女は……
自分の視線にほんの少し――ほんの少しだけ、炎が宿った気がしました。
勝者である私が、彼女を敗北者にしたのです。
ならば、その私が背負わなければならないのは、一体なんなのか――
宿った炎と至った思考が、私の素敵な友達へ――大事な事を気付かせてくれた、
「……
紡いだ言葉を聞き届けた大切なお友達は、前へ一歩を踏み出した私へ――素敵な微笑みを送ってくれたのでした。
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