1話—3 御神殿 神の降りる場所
宗家が擁する御神殿——オレは愛しき小さな当主を送迎した後、日課としてそこに通い詰める。
日本が誇る八百万の神々は、御神体を分ける事で人々の信仰を各地に広める事ができるので知られる。
宗家御神殿も多分に漏れず——否、そこへは本来その中心とされる御神体が
なのにここ最近、その御神殿から傍目にすら感じられるほどの霊力減少を確認していた。
「どうだ
いつもオレに砕けた態度で気を使う
そもそもお嬢様の父君である
今までの宗家であればそれが常識だった。
けど彼を始め、続いて意を汲んでくれたその兄と——話が気付かぬ内に耳へ入っていた、お嬢様の叔父である表門当主
皆が
「ダメだ……。日に日に霊力低下が顕著になっている……
「うむ……ではオレが姉貴の方へ一報入れて置く。——ロウ、御神体への祈りはお前達に任せるぞ。」
状況を受け――
オレの日課とはこの御神殿——ここより発せられる神霊力の異常を、宗家の防衛を担う最前衛である方達へ……定期確認の後報告する事だ。
さらには今、砕けた弟の方と行う祈りの儀——下がり続ける神霊力減少へ歯止めをかける重要なお役目。
日本が誇る八百万の神々は、信仰を持つ民の切なる祈りが力の源となり——偉大なる力を持つそれらが、守り神として国を安寧に導く。
しかしその信仰が途絶えれば、徐々にその加護を失い——やがて信仰を忘れた民へ牙を剥く祟り神へと変貌する。
それは本来災害の様な形で、国を襲うと言い伝えられるが——
俺達は知り得ている……その中でも最も恐るべきは霊災——そう、
荘厳な赴きから神聖なる空気が漂う神殿の扉——それを開け放ち、凛と張り詰める霊気に身を染め上げながら……最奥へ
開けた間は50畳を数える程の空間——何もない様に見えるが、張り詰める霊気はそこへ御神体の御力を満たしている証。
隣り合う様に正座にて座した友に
両腿へ軽く握る拳を添え——己の魂の全てで静寂を以って祈りとする。
宗家におけるしきたりとして、神格に代表される様々な礼を用いない——至ってシンプルな礼拝法。
ただ座し……そして魂を静寂へ捧げる。
これは宇宙とその身を一体とする【
「我、この身と魂を捧ぐ。其よ、この祈り以ちて世を守りたまへ。御力を荒ぶることなく、鎮めたまへ——」
友と並び発する礼拝の言葉へ、霊力満つる言霊を載せ——ただ一心に祈る。
張り詰める空気が一層密度を増し、寒気とも取れる時空の引き締まりを感じた。
確かに霊力低下が感じられるが、この定期的な祈りが功を奏し——今は大きな負の乱れなどは感じられない。
そう——今は、まだ……だが。
定期の祈祷と報告も無事に終え、開く携帯端末で明日以降のお嬢様がこなすスケジュールに目を通していると——砕けた弟の方が缶コーヒーを投げてよこす。
……こちらは端末操作中なのに、だ。
「ほらよ、お前の分だ。」
「っと!?バカかお前……端末を落とすだろうが!」
危うく落下しかけた端末と、缶コーヒーを両手で辛うじて支え—— 一先ず非難を投げておく。
そのオレを見る
「なんだ……
「そんな事をこのタイミングで試すな……。——そう……だよ、これがオレの素だ。けど言っておく——オレは末端分家の出だ……あんた達とは釣り合わない。」
オレが末端分家である事などお構いなしに接する度量——今までそんな器の宗家上位家系の者と出会った事の無いオレは、正直どう対応していいのかが分からない。
何故かオレをクサナギ宗家後継へ抜擢してくれた、大恩ありし
ただ頑なにそのお二人の恩義に報いるために、此れ迄自分の事などかなぐり捨てて尽くして来た。
だがこの兄弟は、このオレ自身をひた隠す必要などないと笑って豪語する。
本当に調子が狂う——これではお嬢様の護衛に支障を来してもおかしくは無い。
——と、小さな当主の事で頭が埋め尽くされていた時、ヤンチャな弟の方からまさにそのお嬢様ネタが飛び出し……少し焦った。
「それはそうと……
「——お……お嬢様にか?いやそもそも、お嬢様を元気付けるのは構わないが……一体何を——」
「決まってんだろ?……レースだ!」
………………何が決まってるだ(汗)
言うに事欠いてそれは無いだろう。
何を臆する事無く言い放つ友――その友の発言で、思考停止と共に呆れた表情をぶちまけるオレ。
どこぞのストリートレーサーと潜入捜査官が活躍する、洋画シリーズみたいな言い方をしやがって。
むしろそれはあんた達が楽しみたいだけじゃ——そう思考し、大事な事を思い出し嘆息する。
「——そう言えばお嬢様……当主継承の儀が決まるまでは……——」
「
背後から、話を聞いていたクールな兄の方が声を掛けてきた。
その口から出た言葉は
そう——宗家はそもそも社会への表向きに
まあ、その表現は流石に語弊があるが……現在の日本における経済の一端を担っているのは確かだった。
かつての人造魔生命災害の折——世界で次々多発した人造魔族を滅するため組織された、【デビルバスター】と呼ばれた任を請け負う者。
かく言う守護宗家が立案し——その任務上必要とされた車両の全面提供を行ったのがヤタナギのモータース企業だ。
それらが影響し、宗家内でも同じく任務車両として多くのスポーツカーやスーパーカーを導入——同時に、それを扱う人選と技術教育が徹底された。
その点が宗家内の若き担い手への、習い事にまで影響したのは言うまでもない。
名高きお家柄のご令嬢が、幼い頃から茶道や華道と言う習い事に精を出す様に—— 十代までの
早くに他界された前クサナギ表門当主——
その結果、
砕けた弟の方が漏らしたトンデモ企画に嘆息しながらも、オレ達に出来る励ましはそれぐらいしか思い付かない現状に頭を抱えた。
強引ではある——あるのだが、この二人が何よりお嬢様の事を
……だからオレはその強引な案件に、乗る算段で返答を返す事とする。
「了解した。……はぁ……
「気乗りしないか?
「そんな事で活躍したいとは思いませんよ、シリウさん。オレの任務はあくまでお嬢様の護衛です——そこは勘違いしないで下さい。」
苦笑が浮かぶクールな兄の方——気乗りしない点はお嬢様が楽しむ云々よりむしろそちら。
十中八九――オレがそのレースのメイン選手へエントリーせざるを得ない事態。
お嬢様が何よりも一番喜ぶ状況は、まさにその一点に尽きるから。
だが……レース参加が影響し、護衛任務に支障が出る様な事があれば本末転倒。
募る不安を企画提供者へ視線と共に送り付けながら、本日の職務からの解放を見るオレであった。
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