1話—2 クサナギ家後継候補 綾城家

 師導学園では中等部の私は、数少ない友人のアーエルちゃん——そして宗家の催しでも度々一緒になる若菜わかなちゃん……二人と離れて中等部学棟へ足である車椅子を進めます。

 基本女学校のここでは、一応男神のカグツチ君には遠慮して貰っているので授業を受ける私は一人ぼっちです。


 いえ、同じく学園にはたくさんのクラスメイトがいるんですが——実の所宗家のお仕事でクラスを空ける事も多く、皆と仲良くなれる時間も少ない訳で……。


「あっクサナギ当主様!こちらが昨日の授業で出たポイントです!……あの、よろしければ私が——」


「ちょっと!?抜け駆けはダメよ!……当主様、ここは私が——」


「ああ……もう、ケンカはダメだよ。じゃあ二人順番にそのポイントを教えてくれれば——」


 こぞって私にお世話を焼いてくれるクラスメイトは——みんな私をと呼んでいます。

 そう——同世代で桜花おうかと呼んでくれるのは、若菜わかなちゃんやアーエルちゃん……それに今は魔界へ帰郷しているテセラちゃんとレゾンちゃんだけなんです。


 無理もない事は分かっているんです——私は三神守護宗家が誇るクサナギのお家元……世間の目からすれば日本の五指に入る名家の令嬢の扱い。

 さらには生れながらに【宇宙と重なりし者フォース・レイアー】として覚醒していた事で、いよいよ普通の人との距離が離れてしまったのです。


 一見すれば多くの人の支えがあり——何の苦労もない様に見えます。

 けど私の父……同じく生まれながらの覚醒者であったクサナギ 界吏かいりお父様はよく「人よりも孤独だが、人よりも同じく孤独。」と仰ってました。


 いにしえより伝わる守護宗家の文献において——誕生は一万年に一人と伝承に残る、生まれながらの重なりし者フォース・レイアー

 その想像を絶する重圧の中、お父様も戦い続けたと言っていました。

 そして、お父様ですら異例であった中——守護宗家で、が誕生します。


 ——それが私……、常識を覆す覚醒者だったのです。


「あらちょうど良かった。桜花おうかさん、ちょっといらっしゃい。」


「はい?あれ……雪花ゆっかちゃん、珍しいですね……一般学棟にいるなんて。」


 お昼休み……真面目で素敵なSPアギトさん特性レシピで作った、今日の楽しみであるお弁当を頂くため——いつもの様に学園の各学棟中央に当たる校庭ベンチへ、車椅子を向けていた所の事です。

 一般学棟では本当に珍しい、理事長先生が私を呼び止めます。


桜花おうかさん……、はお止めなさいな。こんな50代のおばさんを捕まえて……。」


 いえ、すいません——重なりし者に若くして目覚めた先生は、どう見てもちょっと年上のお姉さんですって……(汗)

 先生はあの【堕ちし魔王事変】から数年後に覚醒した人で、当時はまだ高等部も一年を数える身だったそうです。

 加えて元々成長が他生徒より遅かった事が影響し——私とさして変わらぬ容姿で、DNA成長へ覚醒による遅延がかかったと聞いています。


 まあ——生まれながらの覚醒者である私は、先生同様DNA成長遅延の影響により……容姿の成長が、最悪テセラちゃんや若菜わかなちゃんより低く見積もられた年齢と取られる事もあったりなかったり……。

 ただ、覚醒者として生まれた私はDNAの強度が普通の新生児より強固で……障害を負ったり未熟児になる様な事はなかったそうです。

 それも私と言う、例外ずくめの存在に限っての話かもですが。


「そんな、言われてるのが音鳴ななるちゃんと沙織さおりちゃんに知れたら……もれなく冷たくもうらやましい視線を頂戴しちゃうじゃない……。」


 いやいや言ってませんよ?(汗)

 照れた様にイジイジする齢五十代の可憐な乙女へ「幻聴ですか?雪花ゆっか先生。」と口走りそうになりました。

 こういう所は相変わらずの先生ですが、そもそも私を呼び止めた本題を聞いていないのでそちらの追求待った無しです。

 こちらは楽しみのお弁当タイムを遅らせてまで、の呼び止めに応じてるんですから。


「それは置いといて……私が呼び止められた理由を教えて下さい雪花ゆっかちゃん。でないと私、お弁当が食べられない——」


「今後の宗家の動向と、私の——学園理事長としてのお仕事についてです。」


 私の質問を待たずに被せられた理由——含まれる宗家の動向と言う言葉で、否が応でも表情へ緊張を覚えます。

 宗家の動向とは、大半が闇の深淵オロチの絡む大きな事件へ繋がると……経験上幾度となく遭遇していたので、私は湧き上がる不穏に包まれました。


「それに合わせ——少し厄介事が舞い込みそうなので、その時はアーエルさんの事……よろしく頼みますね?」


 宗家云々で思考を持って行かれていた私は、直後に振られたアーエルちゃんの話題に疑問が浮かんでしまいます。

 けど——それが断罪天使と呼ばれる少女と……そして彼女を想う私への配慮と気付くのに、さほど時間を要さなかったのを覚えています。


 ただその延長上……私のへの配慮——その部分にまで及ぶ先生の思いやりと気付くのには、それから少し時間を要する事となったのです。



****



 1日の大半を守護宗家ご令嬢の護衛に費やす、クサナギが誇る凄腕SP。

 綾城 顎あやしろ あぎとと言う男は、宗家でも稀に見る愚直さで知られている。

 そこへクサナギの小さな当主との間に存在する、御家の天と地ほどの格差——揺るがぬ事実は情報制限で知り得るはごく一部の者である……が、それを差し引いても彼の働きは目を見張るものがあると噂された。


「それじゃあぎとさん、明日もよろしくお願いしまーす。あと……あのお弁当、冷めてもイケてました!今度からレシピに加えます!」


「ええ、桜花おうか嬢のご期待に添えたなら幸いです。——それでは、お休みなさいませ。」


 クサナギが要する大豪邸——東首都沿岸に構えられる【三神守護宗家】が有する守護の要塞。

 その豪邸は宗家が日本を防衛するために建造した、人工島であるメガフロートイースト—1【新横須賀市】を望む施設経路アクアロードを挟み——海上と陸地を跨ぐ防衛施設の端に位置する。

 宗家豪邸を含む防衛施設は、単純な立地などの条件上で作られた訳では無い。

 日本の中心となるあらゆる機関防衛を主眼に置き――宗家が有する巨大な防御結界を、都心全域へ張り巡らせる立地……言わばその中心点へ建設されたものだ。


 ヒラヒラ手を振りながら侍女に迎えられる小さな当主を、複雑な面持ちで見送った後——軽く煽ったアクセルで、送迎車両RX—7の唸るギアへ三角型ローターの咆哮を伝え……アスファルトを掻きむしる音を響かせながら爆音を風に変える優しきSPアギト

 そのまま日課となっている行事をこなす為、守護宗家の殿と称される場所への道を駆けた。


「いよっ!桜花おうかちゃんの送迎お疲れさん……待ってたぜ!」


 着いた先には、宗家設備の中心となる場所に位置する神の降りる場所——日本東首都を包む強力な結界を生み出す御神殿中心点

 多分に漏れず、和の織りなす建造物へ神域を内包する場所——それは宗家が当主の力継承を行う神殿としても使用される。


 かく言う小さな当主桜花へ力継承の儀を行ったのは、そことは異なる場所である。

 本来はこの神殿で行うのが通例であり……先の件は一部の重鎮による独断先行――神殿の霊力的な周期の訪れを無視した強攻策である。

 強大なる天津神の力の末端を降臨させるためには、霊力的な周期――地球と言う星のレイラインが織り成す、長期的な波長を見極める必要があった。


 しかし逸る余り――霊力周期を気にせず随時儀を執り行える、都心深い山間の催事場を選んだ宗家重鎮。

 山々に宿る八百万の神々の力が満ちるそこで、儀を執り行った逸る重鎮は力の調整をまんまと誤り……結果、を一人の小さな少女へと降臨させてしまうに至る。


「すみません……少し時間を要しました。待たせてしまった様で――」


「ったく、お前……相変わらずクソ真面目だなぁ。俺らの前ではもう少し砕けろって言ってるだろ?知らない仲じゃないんだし。」


 神殿を視界に捉える駐車スペースへ、ドロドロと唸る排気音を響かせて送迎車を停車させる優しきSP——待ちわびた男が砕けた調子で歩み寄る。

 茶髪がかる所々跳ねた頭髪に、各所へ光るアクセサリー —— 一見、その道のにも見えなくも無い……否、そのままである男はSP綾城 顎あやしろ あぎとの無二の親友。


 ヤサカニ家の第一分家が誇る八汰薙やたなぎの雄——八汰薙やたなぎ ロウである。


 見るとその八汰薙やたなぎの雄も彼が有する任務車両と思しき純白の車を、離れた場所へ停車させていた。

 曲線が強くうねり、スポーツクーペではあるも開かれるドアを4枚備える特異な出で立ち——宗家内では鋼鉄の白馬ペガサス・オブ・メタルで知られる白きマシン。

 優しきSPが所有するマシンと同様——三角型ローターの回転にてエンジン出力を生み出す孤高のスポーツクーペRX-8である。


 同時にそれへ隣り合う様に停車するは、大柄且つ重厚なボディ——フロントノーズ先端のグリルへ〔GT—R〕エンブレムがまばゆき光を放つ、純和製のモンスターにしてスーパーカー……R35 GT-R。

 3台に共通した特殊カスタムである、斜めにカチ上げられた運転席ドアより――ロウと呼ばれた男より丹精なマスクに長髪を揺らす男性が近付く。

 ファスナー制服に見立てた法術服と取れる出で立ちに、やや冷たさを覚える切れ長の双眸——先の砕けた男と同じく、今到着した優しきSPを見やる。


「仕方なき事……だがロウの発言も最もと、オレは思うぞ?本来であればクサナギの次期当主には、綾城あやしろを代表するお前が——」


「シリウさん……すいません、それ以上は……。はぁ……負けたよ、あんた達には。これで良いのか?」


 法術服の長髪男性は八汰薙やたなぎの雄の片われ——跳ねた茶髪で砕けた男ロウを弟に持つ八汰薙やたなぎ シリウ……優しきSPへこちらも親しく言葉を投げる。

 が——へ被せる様に、後に続く内容を制する優しきSP。

 そしてその重要点を引き合いに出され、観念したSP あぎとは砕けた男に合わせて口調を変える。

 渋々の表情を隠す事なく曝け出す親しきSPへ、顔を見合わせながら雄々しき兄弟も苦笑を零した。


 優しきSPが制した言葉へ続いた重要点——それは本来クサナギ 桜花おうかと言う少女が存在しなければ実現していた未来。

 綾城あやしろ家と言う、クサナギが擁する分家末端に位置する家系——伝統になぞらえれば、その末端にある者が当主候補に選ばれるいわれはに存在していない。


 それは伝統になぞらえた場合に、——クサナギ 桜花おうかの父である、クサナギ 界吏かいりくつがえした新たな宗家の可能性。

 伝統に縛られるを良しとしない、新世代クサナギ宗家の意思により――晴れて当主候補へ大抜擢された者……それが末端分家代表の綾城 顎あやしろ あぎとであったのだ。

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