ー業に焼かれし少女ー

 1話—1 力を振るうと言う事

 夏の日差しが日に日に強くなり、学園のグラウンドが——暑さに逃げ行く揺らめきを運ぶ時期。

 早朝とは言え滲む汗が僅かに額を濡らす程度に、火照りを感じる登校前。

 私はいつものSP送迎の時間まで、宗家の道場で軽く汗を流すつもりで足を向けていました。


 【三神守護宗家】の猛者が代々技を磨き続けたこの道場——古めかしさもさる事ながら、そこは荘厳さすら漂わせます。

 ただの道場では無い——霊的な加護を其処彼処そこかしこに配した建物の造りが、神世の力を磨くに相応しき霊場。


「おはよう、カグツチ君。今日も鍛錬——サポートお願いね?」


「心得た、我が主よ。」


 道場入り口で車椅子のまま、私は魔法少女マガ・スペリオル・メイデンシステムのコアである少年——いえ、その姿を取る天津神の破壊神様へ支援をお願いします。

 燃える様な頭髪が青く後方へなびき、少年の体軀では抑えきれぬ霊圧が空気を一際引き締める彼は——今や私の大切な友達です。


 元はと言えば——この車椅子生活の発端は彼の霊圧の本体である、御神体を丸々この身に降臨させた事です。

 それは当主継承の儀を、クサナギ宗家重鎮達が焦ったあまりの儀の失敗——炎羅えんら叔父様からはそう聞いています。


 けど——私はそれが失敗だとは考えてなんかいませんでした。

 だって彼の力添えが無ければ、私は先の地球防衛を成功させる事は出来なかったから。

 そして、テセラちゃんと言う——素敵な魔族のお友達に出会う事なんてなかったから。


 最初は私に神体ごと降臨した事で、私を焼き尽くす勢いであった自分を悔いて止まない炎の神様カグツチ君は——事あるごとに、自分を責め続けていました。

 けれど今の私自身は、彼の力を十二分に受け止める器へ辿り着き——安堵した神様は、とても穏やかに私へ付き添ってくれています。


  ——むしろ問題は、それと全く違うベクトルで発生してしまいます。


「主よ、霊力接続は良好だ。——その、本当に大丈夫なのか?」


 発生した問題を、心身が一体となる事で知り得る炎の神様が不安を顔に出しながら問うてきます。


「……うん、大丈夫。きっと大丈夫だから……。」


 私自身も己に言い聞かせる様に返答します。

 そして神様の霊力接続で直立出来る様になる両の脚で、道場の引き締まる床を踏み締め——私の霊力を退魔の力に変える霊導機【アメノムラクモ】を青眼へと——


「……っ!?ああっ!」


 構えようとした時、脳裏へ浮かぶ光景——誇り高き【魔導姫マガ・マリオン】の少女との一騎打ちが明滅。

 途端に退魔の霊刀を構える手が震え出し——


「主よっ……!」


 叫ぶ炎の神様の声と被さり、道場の床へ切っ先を向けて突き刺さる退魔の霊刀——同時に震えが、身体の全てを支配します。


「……ごめん、カグツチ君。……まだ——」


 彼を呼ぶ私の声まで震えにおののき——言いようの無い恐怖が魂をも支配します。

 私の心は自分が背負ってしまった業に——、命を殺めてしまったと言う罪悪感に苛まれていたのでした。


 それからはいつもの鍛錬もままならず——震えが治まるのを待って、私は学園への登校送迎を待ちます。

 それでも脳裏から、一騎打ちで背負った業が消える事は決してありません。

 心の奥底に刻まれた罪悪の念はいつも当たり前だった日常へ、知らずの内に影を落とす事になっていたのです。


 私自身も気付かない内に——



****



  国立師導学園——日本を守護せし機関によって運営されるそこは、守護宗家が擁する施設を集合させた東都心沿岸区へ設けられていた。

 有事に於ける対魔部隊の臨時本部となる施設も、暖かな日常の中では学童達の学び舎として活躍する。


 クサナギが誇る小さな当主は、すでにその学び舎で幾年の年月を過ごし——中等部へ上がる13の歳を数えていた。

 しかし小さな当主は実質、大半を宗家の代表とも言えるクサナギ家の務めに従事していた事もあり——学び舎での友人も数えるほどである。

 さらには日本が擁する名だたる御家元——と言う立場から、心から友と言える存在は皆無とも言えた。


 そんな中訪れた最初の出会い——その過去へ壮絶なる事態を内包しながら、宗家によって匿われた幼き少女。

 黒髪が揺れるはんなりな方言が特徴である、現ヤサカニ家当主候補にして、分家である八汰薙家の令嬢 八汰薙 若菜やたなぎ わかな——彼女は同じ守護宗家の令嬢と言う立場から、切っても切れない仲となる。


 そして訪れたる地球と魔界衝突の危機——その数年前、新たなる因果の出会いと邂逅し……魔界はティフェレトの王位継承者である姫夜摩ひめやまテセラと無二の友となった。

 さらには事件に関わる者達——断罪の魔法少女ヴァンゼッヒことアムリエル・ヴィシュケと、敵対者であった赤き吸血鬼の少女……レゾン・オルフェス。


 かくして小さな当主にとって運命の出会いとなった少女達は、同時に世界を背負う為の使命を帯びた未来の担い手となる。


桜花おうか嬢、そろそろ学園です。——今日の気分は如何ですか?」


 クサナギ家が擁する大豪邸——日本家屋を代表する造りの建物側……それと同様に荘厳な造りの武道場より、SPが運転する車で学園までの道のりを送迎される小さな当主。


「——桜花おうか嬢?大丈夫ですか?」


「ふぇっ!?あ、ご、ごめん……ん、大丈夫……大丈夫だよあぎとさん。」


 当主の少女を送迎する車——要人送迎とは思えぬ様相のは決して静かとは言えぬ、街道をひた走る。

 それでもSPである男性——名を綾城 顎あやしろ あぎとと言うやや茶髪の髪を揺らす者の声……充分に助手席の少女へ届く、通る声で呼びかけた。


 その声ですら聞き逃すほどに、上の空であったのは明らかな当主の少女。

 慌てて返答した表情には、本人が気付かずとも目に見えて影を落としていたのを茶髪のSP綾城 顎は見逃さなかった。


「何かあれば、私が必ずお力になります。その折は決して遠慮なさらず……私を頼ってください——お嬢様。」


「……あの!……うん、ありがと……あぎとさん。」


 茶髪のSPは、普段小さな当主を呼称する際——桜花おうか嬢と呼ぶのが常となっているが、それは少女の堅苦しいのは止めて欲しいと言う願いへ譲歩した結果であった。

 真摯な態度を崩さぬSP——あぎとは本来末端分家の出生であり、宗家内における代々の歴史的な格式に於いて……クサナギ宗家とはが存在する。


 故にお嬢様と呼ぶ際の彼は、格差の壁の向こうで距離を置き——小さな当主との主従関係を、ただ愚直にだけなのである。


 程なく街道を往く爆音を撒く疾風は、学園校門前へ到着——すると小さな当主の見知った顔が、傍目には分からぬほどのソワソワ感を醸し出して待ちぼうけていた。


桜花おうか嬢……アムリエル様がお待ちです。——その様な暗いお気持ちを顔に出してしまえば、彼女の事です……さぞご心配になるでしょう。」


「さあ、お気持ちを切り替えて——今日も勉学に励んで下さい。」


 学園の校庭前——正門の柱に寄り添い、今か今かと待ち人を待ちわびる銀の御髪を陽光にきらめかせる……欧州ヨーロッパのお人形を思わせる容姿。

 陶磁器の様な白い肌に、碧眼が少し吊り上がった眉でキツめの雰囲気を持つ少女。

 しかし実のところキツイどころではない、狂気を前面に押し出す小さな当主の友人の一人 ——アムリエル・ヴィシュケが彼女を待ち惚けていた。


 優しきSPの言葉でその姿を確認した小さな当主——自らの両の頬をパンッ!と叩き気持ちを切り替える。


「うんっ……そうだね!アーエルちゃんだって、テセラちゃんに会えない事が寂しくて仕方ないんだ……。そこへ私まで落ち込んだ顔を見せたら、気が気で無くなっちゃうよね。」


 銀嶺の輝きが包む西洋人形の様な友人——確かに狂気を前面に押し出す性格である。

 だがクサナギの小さな当主は知り得ている——銀嶺の少女に宿る狂気の根幹は、彼女が幼き頃に遭遇した惨劇の残滓ざんし

 銀嶺の少女が選んだ狂気は、その恐怖と絶望からの逃避であると。


 それを知る小さな当主は未だその恐怖と戦う少女へ、これ以上要らぬ不安を抱かせまいと——偽りの笑顔で気丈に振る舞った。


「ああっ、おはよ~~アーエルちゃん!今日も頑張るよ~~!」


「……ああ、おはよう……。つか、相変わらず元気だなあんた……。」


 巣食う己の力への不安を、偽りの笑顔の奥にしまい込んだままで——

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