僕の描く未来


「ようやく気付いてくれましたね、直人君。それとも――『パパ』って呼んだ方がいいですか?」

「ッ!!」

「な、直人、どういうこと?!」


 蓮華に詰め寄られて、僕は思わず天を仰ぐ。

 すみれさんに感じていた『何か』の正体が、完全に理解出来たのだ。僕は自分の間抜けさを感じながら座り直した。


 正座、である。


「あー……つまりさ、すみれさんの元になった想像っていうのは、僕が書いてる小説の主人公なんだ」

「小説の……?」

「そう。二次創作じゃなくて、オリジナルの作品でね。その時は無意識だったけど、今なら解るよ。その根底にいたのは――蓮華なんだ。蓮華みたいに綺麗で真っ直ぐで、心が強い女の子に、色々とエッセンスを足したのが、すみれさん。そういう意味では、僕の子供とも言える訳です」

 全てを投げ打ってでも助けたい、と思ったのも、今にして思えば当然だった。

 攫われた相手は、自分の娘だったのだから。

「すみれお姉様が……」

 イメージとしては、御神流剣術を習っていない蓮華、だ。

 力はなくても、ここぞという時の心の強さ、行動力は変わらないのだ。


「それで、すみれさんはそれから?」

「水月様の影響もあって、実体化に時間がかかりまして。意識もなく、この部屋を漂っていました。そして、直人君と水月様との繋がりが安定化した三日目の朝、私は完全に実体化出来た――のはいいんですが、繋がりが不十分で、殆ど記憶喪失状態でした。その時に流れ込んできたのが、水月様の情報だった訳です」


 そうして、あのチャイム連打に繋がる――と。


 今にして思えば、ホテルの鍵が開き、勝手に電気が点り、エスカレーターが動き出したのは、すみれさんの力によるものだったのだ。不完全な状態だったとはいえ、神は神。無意識に思うだけで、そのくらいの奇跡は起こせたのだろう。

 あの扉を開くまで、水月は具現化していなかったのだから。


「遠回りしましたけど、きちんと繋がれてよかったです。――それじゃあ蓮華ちゃん、お茶でも淹れましょうか。これからのことについて、話し合いたいですし」

「――直人のことですね?」

「え、僕?」

「ああ、その話なら儂も一枚噛むぞ。すみれがそうであるように、儂もナオトに惚れているからな」

「ちょ――?!」

「――解りました。じっくり話し合いましょう」


 蓮華が立ち上がって、僕の髪に指先で触れながら、すみれさんと共にキッチンへと向かっていく。

 それを呆然と見送ってから、僕はハッと我に返り、


「僕は蓮華一筋なんですけど!」

「何、心配するな。儂もすみれも、その根底には蓮華の存在がある。だったら、蓮華が三人に増えたようなものだろう?」

「そ、そういう……」


 本物の蓮華と、僕が恋心に目覚めた頃の蓮華と、本来であれば存在しない、御神流を習っていない蓮華の三人。

 そんなの――最高に決まっている。幸せ過ぎて二百歳まで生きられそうだ。

 でも、それでも、


「だ、駄目ですってば」

「浮気は駄目だが、これは全員が同意した上でのハーレムだぞ? 一夫多妻だ、問題ない。直人にそれだけの器量と甲斐性があることは、全員が解っているからな。つまり気持ち良さも三倍、いや三乗だ。最高だな?」


 甘く微笑んで、水月が僕に触れる。

 幼い手に頬を撫でられて、反論が吹き飛んだ。


「ふふ、直人は可愛いな」

「か、からかわないでくださいよ」

「いいや、儂もすみれも本気だぞ。それにな、これからは気楽にいけばいいんだ。直人はもう、苦しまなくていいのだからな。……儂も、直人を苦しませなくて済む」

「……そう、ですね」


 水月は、僕が苦しむことに悩み、体で返そうとまでしてくれたのだ。すみれさんの存在は、救いに思えただろう。


 右手を見る。そこにある桜と三角形もまた、僕の想像が反映されているという。

 桜は、蓮華の好きな花だ。凛として可憐な彼女によく似合う花だと思っている。

 そして、三角形は聖なる形だ。二つ合わされば六芒星となり、籠目は魔除けの印になる。

 そう、二つだ。僕の想定する魔除けは、三角形が二ついる。であるなら、水月はイレギュラーなどではなく、真っ当に僕と繋がったに違いない。


 水月のアザと合わせて二つ。

 だから、右手のアザは六芒星ではなく、三角形なのだ。


「そういえば、水月はどこにアザがあるんです?」

「秘密だ。どこにあるのかは、今夜のお楽しみだな」

「し、しませんし」

「どうかな? キッチンの方は円満に話が進んでいるようだぞ?」


 クスクスと水月が笑う。これは見たら見たで笑われるやつだな、と思いつつも顔を上げると、すみれさんが蓮華に耳打ちをしていて、それを聞いている蓮華の顔が真っ赤になっていた。

 そんな蓮華と目が合い、なんだか妙に恥ずかしくなって、二人同時に目を逸らす。

 嬉しそうに、水月が笑っていた。


「ふふ、楽しみだな、ナオト」

「や、やっぱり駄目ですって」


 強く否定しなくちゃいけないのに、弱々しい声しか出なかったのだった。







 僕は、これからの人生を想像する。

 執筆そのものはなくならないのだ。きっと思うよりも大変で、山と谷に満ちた日々が続いていくのだろう。

 それでも、僕の人生という物語のラストは、『ハッピーエンド』の文字で終わるに違いない。











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神の右腕 ―Destiny alteration― 宵闇むつき @redchain

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