得たもの 失ったもの 4
「そういえば、どうして水月とすみれさんは、力のベクトルが違うんです?」
「プラスとマイナス、みたいなものです。変化を促す力が存在するのなら、それを無効化させる力もまた、存在していたんです。
そしてこの街は、長い間御神家による運命操作が行われていました。江戸時代に起きた飢饉の時や、明治への転換期、その後の戦争……そしてこの三十年ほどは、不景気になっていくと共に、運命改変の量と長さが増えていきました。その長年の力の施行によって、歪みが発生し――その解消として私が生まれ、歪みそのものが水月様を生み出したんです」
「その歪みっていうのは?」
「本来ならば生まれるはずのなかった可能性、ですね。
例えば、Aさんという人が神様に選ばれたとします。神様は全てを知っているので、Aさんの歩んできた人生、そして周囲の人々の人生も読み取って、Aさんの未来を予想することが出来ます。つまり神様の物語は、Aさんならば取り得る選択肢を選んでいるものなんです。多様性は失われますが、最善は選ばれている、という訳ですね。
ですが執筆者は、一方的に運命を書き換えられます。Aさんが本来取らない行動を取るようになり、周囲のB君、Cちゃんすらも巻き込んで運命を変えてしまう。それに気付いた御神家は、記述されたAさんの物語の中で、BさんやCちゃんの人生をも変えるようになりました。一人称小説の幕間に、第三者の心情が語られるようなイメージです。まさしく、直人君が危惧した状況ですね。御神家は、運命改変を受けたAさんの知り合いの知り合いを辿って、御神家に関係のあるDさんを操る――といった運命改変を繰り返していたんです」
「……そうして狂わされ続けた神の力は、行き場をなくしてあの廃ホテルに集まり、別の神を生むほどまでになった。風呂の湯が一杯になった訳だ。――つまり、イレギュラーだったのは儂の方だったんだ。本来なら、ナオトはすみれとのみ繋がるはずで……そこに儂が干渉してしまったことで、すみれにまで不調が出てしまった」
水月の表情が曇る。……僕に逢えたのが嬉しい、と言っていた神様は、僕と蓮華、そして多くの人々を苦しめた力から生まれたものだったのだ。
語る声は沈んでいた。
「儂は不完全だ。ナオトに執筆させた運命は数日程度のものでしかなく、その文章量が多かったのは、直人の創作趣味が反映されているからに過ぎん。丁寧な情景描写と人物描写、という訳だ。だが、神の力は神の力。数日程度でも運命は変わる。そして、元になった力が力だ。儂が定めた運命は最善など選ばれておらん。むしろその逆である可能性が高いだろう」
「それは大丈夫です。水月様が変えた運命は、その都度私がリセットしますから」
「……だったら、儂ごと消した方が早いんじゃないか?」
自虐的に放たれた水月の言葉に、すみれさんが返したのは優しい微笑みだった。
「いじけたりしないでください。そんな水月様は、こうです」
ぎゅーっと、すみれさんが水月を抱き締める。
「生まれたきっかけがなんであれ、水月様は『変化を促す力』です。それを無理矢理どうこうすれば、別の歪みが起きてしまいます。だから水月様は、今まで通りでいいんです。ご自分でも言っていたじゃないですか。何も変わりません。水月様が直人君に書かせる。私がそれをリセットする。それだけです」
「……すみれも、中々に強引だな?」
「直人君好みの神ですからね。水月様と一緒です。――ねー、直人君」
「ちょ、そこで僕に振られても困るんですけど!」
蓮華からの無言の圧力が超怖い。それに嫌な汗が出てきたところで、蓮華の向こう――置いたままになっている紙の山が目に入った。
「そうだ。どうせなら、今まで水月が変えた運命も、全部リセットしましょう。その上で――蓮華。御神家の倉庫に残されてる執筆物も確認したいんだけど、頼めるかな」
「それは構わないけど、凄い数だと思うよ?」
「数の問題じゃないんだ。僕は執筆者として生まれたから、御神家の考える運命に逆らえたけど……もしそうじゃなかったら、蓮華と別れることになってたはずだ。いやそれ以前に、幼馴染になって、一緒に道場に通うことすらなかったかもしれない。それを思うと、さ。御神家に歪められた被害者は、一人でも救いたいんだ」
変えられた運命を勝手に元に戻す、というのも、運命改変と同じくらいのエゴなのだろう。
でも、外部から見て幸せそうに見えても、本人がそう思うとは限らない。そう思うように描写されているのは、本心とは言えない。
選択肢は返すべきだ。
「解った。後で母様に頼んでみる」
「ありがとう、蓮華。……で、説明ついでに、気になってることが一つあるんですよ」
昨日の帰り、日向から返してもらったスマホを手にとって、ドキュメントを開く(水月の力で画面割れは防げていた)。
そこには、すみれさんの記述がある。
「すみれさんは神様ですよね? なのに、どうして葵はすみれさんの記述が出来たんです?」
「御神家が、私を人間だと思い込んでいて――私自身も、神の自覚がなかったからです。そして実際に、『白銀・すみれ』という人物が存在する以上、神は執筆を行えます。
本来なら、執筆者への記述と同じように、何も起こらなかったんですが……あの時の私は、直人君を救う為にバカをやってしまったので……」
「バカ、なんて言わないでください。……でも、それが記述に似ていたから、御神家はすみれさんを疑わなかった訳ですね」
「同胞も、すみれが神だとは気付いていなかったようだ。
だが、執筆を進める内に、自身の影響が及ばない存在だと解った。執筆者とも違う何者か、だとな。『おんかみさま』は絶対の神だったようだから、同胞自身も己が唯一絶対であると信じ切っていた。だが、どうやらそれが違っている。そもそもナオトの存在があった時点で、自分以外にも神がいるのではないか? という疑問はあったようだ。しかし、御神の人間は、『貴方こそが唯一無二の神である』と言う。その矛盾が、同胞の疑念に繋がった。だから儂の話も素直に信じてくれたし、容赦もなかった、という訳だな」
僕を捕まえる為に画策した結果、自滅したのだ。自業自得とはこのことだろう。
「じゃあ、すみれさんはいつその姿を持ったんです?」
「えっと……」
と、すみれさんが指折り数え、
「五日前ですね。直人君がパソコンの前で、『話の展開が思い付かねー!』って頭を抱えていた時に」
「そうだったんですか――……って、そういうことですか!」
ぱちん、と頭の中でパズルのピースがはまる感覚がして、思わず声を上げる。
すみれさんが、嬉しそうに微笑んだ。
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