喫茶ホルロージュ

蒼井さくら

本日のお客様

紅茶の香りが鼻腔をくすぐる。

時計の針が時を刻む。

ゆったりとした時間が流れている。

でも...


「お決まりですか?」


壁に大きな時計があるというのに、その人物は手元の懐中時計を見ながら声をかけてきた。


「あの、決まったような、決まってないような....」


言葉を濁した私の声に、優しい音色で応えてくれた。


「こうしている間にも、時は否応なしに進んでいきます。ですが....」


こぽこぽこぽ。と、優雅な手つきで紅茶か注がれる。


「例え最期の1分になったとしても、貴女に後悔が残らなければそれでいいのです」


後悔が残らないように....


「そうですね。せっかく頂いた5分をもう2分も使って悩んでしまいました。私、決めます」


途端。急に針が巻き戻り、リーンゴーンと高らかに鐘の音が鳴った。



「現世に戻れる時間はもう3分しかありません。大切な人に、伝えたい言葉を伝えることが出来ますようにーーー」



ありがとうございます、と、言った私の声が届いたか届いていないかは分からない。けれど、ここへ来れて良かった。 未練があるとすればあの良い香りの紅茶を飲めなかったことかな?


さぁ、行こう。私の最期の時を刻みに。



「いらっしゃいませ。ようこそ、喫茶ホルロージュへ。私が紅茶を淹れ初めてから5分間が貴方に残された最期の時間です。貴方が現世に残してきた未練は何ですか?さぁ、お席へどうぞ。最期に最高の5分間を」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

喫茶ホルロージュ 蒼井さくら @akuariumu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ