ゾンビと人間

 皆さん、こんにちは。坂本カズキです。


「リリー・ミュラーです。

 母が日本人で子供の頃から日本に憧れていました。

 家の都合で日本に初めて来て、慣れないこともたくさんありますが、これからよろしいお願いします」

 ホームルームに転校生が入り、クラスでは落ち着きつつも皆が外国人の転校生に目を輝かせていた。

 そして、ホームルームは日直の号令と共に終わる。


「ねぇ、リリーさんに話しかけない?」

 僕といつも一緒に行動するクラスメイトのハルトが提案する。

「いいけど、あの人だかりは無理」

 リリーの机を見ると女子グループが取り囲むようにして、自己紹介をしていた。

「だよね。

 それより、体は慣れた?」

 ハルトは僕の体を気にしていた。

「んー、体が重い以外には特に生きてた頃と変わりないかな」

「ははは、ならよかった。

 ただ、ゾンビになったことで注意しなくちゃいけないことがあるんだよ」

「注意?」

「そう人間からゾンビに変わって、実感は変わらないだろうけどそれは錯覚で、実際は変わってるんだよ」

「どういうこと?」

「襲われる側から襲う側になってもう守られる立場じゃないってこと。

 だから、この地域にも点在するシェルターエリアには近づかないこと。

 まだ僕らゾンビに恐怖心を抱いてる人間とか、敵意を向けてる過激派の人間がいるからね。

 シェルターエリアに近付くだけで蜂の巣だよ。

 それで、絶対に脳は守ること。

 他は撃たれようが切られようが再生するけど、それはゾンビとして活性化した脳が働いてるからで、脳を破壊されたら僕らは本当に死んでしまう」

「気を付けるよ」

「ま、シェルターエリアさえ気を付ければ、普通に生前の生活と変わらないさ」

 ハルトが笑いながら言った。

「他に、ゾンビとしての情報は? ゾンビ博士」

「博士だなんてからかうなよ。

 まあ、リリーさんで思い出したんだけど、外国人のゾンビは大型商業施設とかショッピングモールは苦手らしいよ」

「なんで!?」

「さあ? ゾンビ映画が盛んな地で更にゾンビ映画の舞台がショッピングモールになることが多いからじゃない?

 生前の記憶から、本能的に嫌ってるとか?」

 冗談を交えつつ僕らはいつも通りくだらないことで笑っていた。

 リリーさんがこちらに気付き、近付いてきた。

「カズキさんですよね? さっきはありがとうございます」

「どういたしまして」

「え、どういうこと?」

 僕と彼女の関係に目を輝かせてハルトが言う。

「お前、まさか許嫁がいる立場で二股か?」

 おう。横から会話に入って来んなよ!

 コウジが今だと言わんばかりに会話に乱入してくる。

「許嫁?」とリリーが首を傾げる。

「いや、関係ない話だから気にしなくていいよ。こいつが勝手に言ってるだけ。

 それより、リルさんはどうしたの?」

 なんとか話題を変えることに成功した。

「いえ、シェルターエリアだとか興味深い話をしているなーって思いまして」

「そっか、リリーさんって日本に来たばかりだからわからないもんね」とハルトが言う。

「はい。そのやっぱり、日本でも気を付けないといけないことがあるんですか?」

 確かに僕も元々、日本に住んでるとはいえゾンビになってからまだ日が浅くてよく知らない。

「さっきの話を聞いていた通り、日本でもゾンビに対して過剰なまでに反撃をする過激派組織、ガーディアンがこの街にも点在する拠点、シェルターエリアがあるのは話したよね。

 そのシェルターエリア周辺地域に僕たちが入り込んでしまったら、ガーディアンたちに集団リンチされたり自衛隊がいたら銃撃されるんだよね。

 だから、痛い思いをしたくないならシェルターエリアには近付かないこと。


 あとは、ここの街はこの前まで生存者の街だったんだけどご覧の通り、ゾンビだらけの街になったんだ。でもまだこの街は、人間側の要救助者がいるの。

 要救助者は、僕たちゾンビに不信感を抱きガーディアンの助けを待ってる。

 もし、街を歩く上で路地とか人気が少ないところには気を付けること。

 要救助者は、そういった場所で隠れてるから。


 もし要救助者に遭遇したら急いで逃げること。

 要救助者捜索で警戒歩行しているガーディアンに襲われるから。

 要救助者ひとりいたら、ガーディアン5人いると思って逃げた方がいい」

 話を聞いているとゾンビもゾンビで、人類の前線に生活していると肩身の狭い生活だと思ってしまった。

「最後に、人間で一番厄介なのは街の奪還を目的とした自警団......あいつらは無差別に僕らを襲ってくるから」


 ――バリン。


 校門から瓶の割れた音がした。

 その音に気付いた生徒は何人か窓から校門を見た。

 僕もその一人だ。


 校門には、ひとりの”人間”が立っており、人間の目の前には割れたガラス片と炎が燃え盛っていた。

 小説で読んだことある。

 火炎瓶というやつだ。

 その光景は、さながら不良漫画のワンシーンの様だった。

「あれがガーディアンですか?」とリリーが首を傾げる。

「いや周囲に人間もいないから、あれが自警団だよ」とハルトが言う。

「おい! 誰か来たぞ」

 コウジが指差した先には僕たちと同じ制服を着た男子生徒。制服の裾には、この学校の校章と風紀委員の腕章を付けていた。

「ここは、俺たち人間のものだ! 貴様ら死人は土に帰れ! そして、この学校にいる人間を解放しろ!」

 人間の男は拡声器を持ち、そう発言した。

「あれって、お前のことじゃないか?」

 コウジが隣で呟く。確かに、自警団はこの学校に生き残ってる人間がいると思い込んでる。

 まあ、残り4割の人類からしたら勇敢な行動かもしれないが......。

「一足、遅かったみたいだね」とハルト。

「どういうこと?」とハルトに対して、リリーさんは首をかしげた。

「カズキは、つい三日間まで人間だったんだ。しかも本校で最後の」

 ハルトの言葉にリリーは驚愕した。

「じゃあ、あの人間は無駄足じゃないですか」

「そうだね」

「......まずい状況」

 リリーの顔が渋くなる。

「リリーさん、まずいって?」

「いえ、私の考えなんですが、相手の要求は人間の解放。

 その用件さえ満たせば、相手は引いてくれるはずですので学校側は、人間の生徒を前に出せばいいだけなのですが......この学校には人間はいない。

 最悪、人間さえいてくれればいいだけで事態は収束したのに」

「リリーさんって交渉とかそっち系?」

「違いますよカズキさん。母国がシビアな生活だったのでその癖なんですよね」

「へー、そんなに」

「はい。毎日、どこかしらで銃声が聞こえてました。

 だから、生存者を助ける人たちが襲って来たことはよくあることです。

 そのときに、私たちゾンビは生存者を差し出し退かせていました。

 なので、私たちの考えは孤立生存者は襲撃する人間たちの厄除けです。

 なので日本で言うシェルターエリアは、母国ではショッピングモールが拠点ですから、嫌いなんです」

 あ、外国のゾンビはショッピングモールは嫌うのか。

 そんなことをハルトも思ったのだろう。僕とハルトは目が合い笑う。

「でも大丈夫だよ。ここは日本で銃を持てる人は一部しかいないから」

「お、おい、帰っていくぞ!」

 コウジが驚きを隠せずにいた。

 そんなコウジを筆頭に、クラス全体も驚愕の渦に呑まれた。

「え? どうやって!」

 一番驚いていたのは、リリーさんだった。

「流石、風紀委員」

 ハルトは感心して腕組みをする。

 風紀委員の姿を見る。


 ――まぁ、話せばわかる。


 確か僕がまだ人間で、ゾンビという得たいの知れないものに恐怖して敵意を向けていたときに、ゾンビになった風紀委員......トオル先輩に言われた最初の言葉だ。

 そこから僕は、少しずつだけど話すようになってゾンビは生前と変わらないことに気付いた。


 半年前のことを昨日の事かのように思い出していたら教室に先生が入り、クラスメイトは慌てて着席した。

 そして、日直の僕の号令によって15分遅れで授業が始まる。

 ゾンビと人間。環境が変わってしまったが生前と変わりのない日常が始まる。

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