▶︎ ナギ

5ー10 風は導き土は育む

 あの山が噴火したのは必然だった。

 地球の環境がどんどん厳しくなっていくのを、もはや人間の力ではどうすることもできない。

 トワさんが月から帰ってきたのは、噴火の直前だった。

 彼はあの電波塔の下に埋まった装置によって、この土地の地震を観測していたらしい。だから、そのタイミングで家族が再会できたのも、決して偶然ではなかった。


 だけど、そんな時に僕がこの『火山の国』を訪れたことは、全くの偶然だ。

 偶然——いや、運命の導きと言った方がいいのかもしれない。

 何か、あるのだ。僕がここに居合わせた意味が。



 体力のある男性陣を中心に、辺りの灰を交代で掻く。

 降り積もった火山灰は結構な重量になるそうで、十五年前の噴火の折にはそれで倒壊した家屋もあったらしい。庭先の雨除けテントは特に、こまめに灰を落とさないとすぐに潰れてしまいそうだ。

 トワさんからその番を継いでしばらく後。サクの家の軒下で休憩していた僕の隣に、カグさまがやってきた。


「交代しよう」

「少し休まれた方がいいんじゃないですか?」

「いや、とても眠れそうにないのでね」

「まぁ……確かに」


 無理もない。自分がおさを務める村が火砕流に飲み込まれるところを目の当たりにしたのだから。

 ここまで逃げてきてからというもの、カグさまは誰よりも動き回っていた。村人全員の安否を確認し、年寄りや怪我人を助け、不安を訴える者の声にも耳を傾ける。

 カグさま自身も疲れていないはずはない。だが、そんな素振りは微塵も見せなかった。

 何となく、気持ちは分かる。それはきっと人々を安心させるためでもあるし、何より自分の正気を保つためでもあるのだろう。


「礼を言うのが遅くなってしまいましたが……村人たちを救っていただき、ありがとうございました。ナギさんがいなかったら、二度目の噴火が起きた時点で村人たちは恐慌状態に陥っていたでしょう。ここにいるほとんどの者が命を落としていたはずだ」

「いえ、大したことじゃありませんよ。皆さんが無事で良かった」

「……『異国から来たまれびとは神の使い』。あの口伝くちづては本当だったのかもしれません。いや、むしろあなたは、まるで本物の神のようだ」


 その神妙な口ぶりに、僕は思わず吹き出してしまう。


「あはは! やだなぁ、ご覧の通り僕は普通の人間ですよ。特別な力なんて何もない。お礼ならサクに。僕はハッタリ言っただけですから」

「ハッタリだとしても、人々を導くに相応しい立ち回りでした。サクが聞いたという地鳴りは、まさしく『大地の声』だったのでしょう。……ナギさん、あの山にかつて祀られていた神の名前をご存知ですか?」

「いえ……?」


 質問の意図が掴めず、首を傾げる。カグさまは今も噴煙を上げ続ける山を見つめながら、その名を口にした。


「コノハナサクヤヒメです」


 古い神話の女神だ。その美しい響きの名前に、はっとする。


「『此の花コノハナ』とは、一説にはキクの花の異名でもあるそうです。あの青いキクを育てていた、サクという名の少女。単なる偶然でしょうが、私にはそれが運命のように思えてならぬのです」


 運命。

 僕もちょうど、そう感じていたところだったのだ。胸の奥で、言い知れない熱が湧き上がってくる。


「あなたのお父上が月へと赴き、かの人との約束によりトワさんがあの花の種を地球へ持ってきた。それをミカとサクが守り、あなたが花を求めてこの地を訪れた。そしてサクが大地の声を聴き、あなたが人々に伝え——我々は救われた」


 廻る運命の

 父さんの強い想いが、巡り巡って僕の中に息づいている。


「地球は見捨てられた星かもしれません。だが、人が生きようとする限り、意志の力が繋がって運命を動かすのでしょう。こうして助かった命、どうにか自然と共に生きる道を探すことができれば良いのですが……」


 しばらくの間、お互いに黙っていた。しんしんと積もっていく灰が、全ての音を吸い取ってしまったかのようだ。

 この静かな闇の中で、輝きを増すものがある。

 僕の中に宿った希望の光。父さんから受け継いだそれが、新たに芽吹いた僕自身の意志を後押しする。

 先ほどトワさんにも賛同してもらえたその想いを、そろりと切り出す。


「あの、一つ提案があるんですが……皆さんで僕の故郷に、『砂漠の国』に来ませんか?」

「……『砂漠の国』に、ですか?」

「はい。人命こそ助かったとは言え、村は壊滅状態です。その上、噴煙はしばらく収まりそうにもない。こんなところで過ごしていたら、健康な人でもすぐに身体をやられてしまいます」


 カグさまは小さく唸る。


「しかし、ここからの道のりは……」

「もちろん、決して易しくはありません。でも、ここでじっとしているのは自殺行為です」

「この大所帯で大地溝だいちこうを渡れると?」

「僕の使った小舟が停めてあります。木があれば筏も作れる。時間は掛かりますが、何往復もして全員で渡りましょう。それ以外にありません」

「確かに、そうかもしれないが……」


 全員で、生き延びる。それを諦めるわけにはいかない。

 人々の先頭に立つ者は、誰よりもしっかりと前を向いていなければならない。こんな時には、なおのことだ。

 カグさまも、そして僕も。

 実のところ、変に気が張っているせいか、先ほどからずっと指先が痺れっ放しなのだけど。


「しかし、本当にいいのですか? 急に七十人も押し寄せていって」

「住む場所は旧時代の廃墟を利用すれば問題ありません。食糧のこともご心配なく。トワさんが、コロニーで新たに開発した作物の種を持ってきているそうです」


 ゴーグルの向こうの瞳が、揺れたように見えた。


「あなたは不思議な人だ。どんな絶望的な状況でも、あなたの言うことなら信じられる」


 僕は力強く頷いてみせ、明るい声で言った。


「せっかく繋いだご縁です。『砂漠の国』は、この村の人々を歓迎します」

 

 これまでのことを思い返す。

 あの花の種が育つ土を探して、僕は長い旅に出た。

 何度か方位を見失って、道に迷ったこともあった。

 だけど、僕の中にはずっと風が吹いていた。父さんの意志を知ったあの瞬間から、変わらぬ風がずっと。

 それに導かれるようにして、ようやくここに辿り着いたのだ。


 そう、僕に特別な力なんて何もない。

 でも、僕にできることがきっとある。


 住む場所を失ってしまった人たちを、自分の故郷に連れ帰る。

 僕が今この時に居合わせた意味があるとすれば、きっとそういうことなのだ。


 カグさまが深く頭を下げた。


「村人たちと共に、『砂漠の国』へ向かいましょう。どうかよろしくお願いします」

「はい、もちろんです」

「……何か、お礼ができれば良いのだが……」


 そう言うカグさまに、僕は改めて向き直った。


「では、一つだけお願いがあります」

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