1ー8 迷いの種を抱く
いくつもの場所を回り、何人もの人々と出会ううち、僕はだんだんとキャラバンの仕事に慣れてきていた。
僕が知らなかっただけで、果てしなく同じ景色ばかりかと思っていた砂の大地にはまだところどころに人がいる。
あのおばあさんと同じような一人暮らしの家もあれば、いくつかの家族が軒を連ねて生活している小集落もあった。様々な理由で取り残されることを選んだ人たちだ。
だけどやはり、どこもかしこも似たような厳しい生活環境だった。畑の土は乾き、細々とした保存食とわずかな水が人々の命を繋ぎ止めている。
それでも僕たちが行くと、みんなできる限りの歓迎をしてくれた。
荷台に積んだ物資を分け、代わりにその人たちが出せるものをいただく。いろいろな情報を交換し、ほんの短い間ではあるが寝食を共にする。
ものが循環し、人と人とが繋がっていく。
今まで意識したこともなかったその感覚が、自分の中に芽生え始めていることに気付く。僕はそれに不思議な心地よさを感じていた。
自分が『神の化身』であることも、いつの間にか忘れた。僕も等しく、一つの命としてその
人は、ただ生きるために生きることなんてできない。
誰かと繋がっていなかったら、誰かに認めてもらえなかったら、自分が真に生きているのかどうかさえ分からなくなってしまうのかもしれない。
亡き夫との思い出の家で暮らしながら、服を縫い続けるおばあさんも。
家族と死に別れてもちゃんと前を向き、健気に家業を守るヤコだって。
ナミの言葉を、なぜか時々思い出した。
——例え気休めにしかならなかったとしても、私はアヤとお腹の子の無事を祈りたいのよ。少なくとも、希望を持つことに意味はあるはずだわ。
もしかして。
ただ生きるために必要だとしか思っていなかった『神の化身』としての役割にも、何かしらの意味があるのだろうか。
命が巡り、人々の営みが紡がれていく中で、単なる気休め以上の意味が。
そうであればいい、と思うと同時に、そんなはずがない、とも思った。
どちらが僕の本当の気持ちなのか、自分でもよく分からなかった。
分からないと言えば、父親のことだ。
最初は、あいつが単なる話のネタとして僕たちのことを大袈裟に喋っていたのだとばかり思っていた。
いろんな人から思い出話を聞けば聞くほど鮮明に浮かび上がってくるのは、心から家族を愛する一人の男の姿だ。愛妻家で子煩悩な、良き夫であり良き父親でもある男の。
それと僕たちを見捨てて遠ざかっていった背中とが全く結び付かず、僕はずっと混乱し続けていた。
確実に言えるのは、あいつが巡行先の人たちから慕われていたということだけだ。
仮に、もし——と考えてみる。
もし、みんなの言うように、あの父親が本当に家族思いの男だったとしたのなら。
どうして、僕たちを置いていってしまったのだろう。
なぜ、この温かい人たちとの繋がりを絶ち切ってまでも、月へ向かったのだろう。
いくら頭の中を探したところで、答えが見つかるはずもない。
父親が何を考えていたのかなんて、今まで想像しようともしなかったのだから。
——仕事を継ぐのって素敵だと思うよ。お父さんも喜ぶんじゃないかなぁ。
キャラバンの手伝いをすることで、誰かの役に立っているような気がしていた。
だけどそれは、父親のかつての足跡を辿っているということに他ならなかった。
そう思ったら、自分が本当はどうしたいのかすらも分からなくなってしまった。
あの時ヤコからつい受け取ってしまった花の種を、じっと見つめてみる。
上手く育たないというこの植物は、どこか僕に似ている。
せっかく芽が出たとしても、それをしっかり根付かせて綺麗な花を咲かせるためには、相応の土が必要だろう。
今、僕の手の中にあるのは、からからに乾いた砂粒ばかりだ。ぎゅっと掴んだつもりでも、知らず知らず指の隙間から零れ落ちていってしまうような。
僕に必要な土は、いったいどこにあるのだろう。
そんな僕の迷いをよそに、キャラバンのワゴンはどんどん進んでいく。
そして、気付けばあの『希望の塔』が目前に迫っていた。
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