1ー4 侭ならない運命

 僕とナミの出番が終わると、入れ替わりでおさが人々の前に出てくる。

 ここから先は大人たちの時間だ。作物の育成状況とか、キャラバンが運んできた物資の分配とか、生活に関わる具体的なことが話し合われる。

 僕たちが行なっているのはただの茶番劇だ。『神の化身』などと言われても、所詮はお飾りでしかない。

 それでも、街のみんなは有り難がってくれる。

 だから、『神の化身』をやっている。

 そうしないと、生きていけないからだ。


 僕とナミには親がいない。今から十年前、僕たちがまだ五歳だった頃、母さんはヒルコ症で死んだ。

 それ以降は長の家に住まわせてもらっているけど、家族の一員という感じではなかった。街にとっての特別な存在として、施しを受けているだけだ。

 ずっと前から分かっていた。こうして生かしてもらっているのは、僕たちが『神の化身』だからこそなのだと。



 集会が終わって、解放された気分になる。あの時間は苦手だ。

 だけどナミはそうでもないらしい。でなければ、わざわざあんな予言の真似ごとなんてしないだろう。

 ナミは昔からこうだった。与えられた『神の化身』という役割を受け容れ、その場に応じて器用に立ち回る。見た目はそっくりでも、僕とナミとはずいぶん違う。


 敷物に使った絨毯をきっちりと畳みながら、僕は気になっていたことを口にした。


「ナミ、さっきの占いなんだけどさ、塔の逆位置が示す『大きな変革の兆し』って、結局何なの?」

「さぁ? 季節が変わって雨季が来ることかと思ったんだけど」

「それじゃ、だいぶ意味合いが違うだろ。適当だなぁ」

「いいじゃない、ただの占いよ。少しでもみんなが明るい気持ちになれるなら、それでいいの」


 ナミの表情が、ふっと翳る。


「だって、私たちにできることなんて限られてるもの」

「……そうだね、ごめん」


 僕たち二人に特別な力なんてない。お遊びのタロットが示す運命すら、うまく読み解くことができない。『大きな変革』とやらに何の心当たりもなければ、そんなものを起こすことだってできやしないのだ。

 もやもやした気持ちで思い浮かべた『塔』のカードの絵柄が、あの使われなくなったシャトル発射台の姿にすり替わる。

 かつて地球を見捨てた人々がそう呼んだ『希望の塔』は、もはや僕らに何の希望も与えてはくれない。

 僕もナミも、街の人々も。みんな等しく、この荒れ果てた星に取り残されているのだ。



「あの、ナギさま、ナミさま」


 広場を立ち去ろうとすると、背後から呼び止められた。

 聞き覚えのある高い声。心臓がどきりと跳ね上がった。

 振り返ったナミが笑顔で応える。


「あら、アヤ。こんにちは」


 アヤは僕たちより十歳ほど年上の女の人だ。小さい頃はよく遊んでもらった。綺麗で、優しくて、僕はこっそり憧れていた。だけど——


「もうすぐ予定日でしたね。体調はいかが?」


 ナミがそう問うと、アヤは自分の大きなお腹に手を当て、ふんわりと微笑んだ。


「えぇ、おかげさまで順調です。もしよろしければ、このお腹に触れていただけませんか? 健やかな子が生まれるようにと」

「俺からも、ぜひお願いするよ」


 しゃん、と鈴の音がして、コウがアヤの隣に立った。

 お腹の子の父親はコウなのだ。僕の知らないうちに、二人は伴侶になっていた。

 胸の奥がじくじくと痛む。

 コウは穏やかな眼差しをまっすぐ僕に向けてくる。何もかもを見透かすようなその視線に、僕は思わずむっとした。

 一向に応じようとしない僕を尻目に、ナミはアヤのお腹にそっと手を添える。


「まぁ、元気に動いてるわ。きっと早く外に出たいのね。どうか軽いお産でありますように。この子に、世界との素晴らしき邂逅が訪れますように。月のご加護を」


 そう言った後、ナミが目配せをしてくる。そこで僕はようやく、臨月の腹に恐る恐る触れた。


「……太陽のご加護を」


 ほとんど棒読みの台詞。変に緊張して、手が震えている。

 僕はいったい何をやっているんだ。密かに想いを寄せていた人の、他の男の子供を宿した腹に触っているなんて。


 時々思う。なぜ僕は普通の男の身体で生まれてこなかったのだろう、と。

 もしそうならば、僕が今感じている侭ならなさなど、初めから何一つ知らずにいられたのに。

 生殖機能を持たない僕が伴侶を得る日はきっと来ない。このままナミと二人で、『神の化身』として一生を終えるのだ。

 それは、なんと虚しいことなのか。


 幸せそうな二人は、僕たちに礼を言って去っていった。

 鈴の音が遠くなっていく。恐らくコウはいったん街の外に停めたワゴン車に戻り、物資を運び入れる作業をするのだろう。


 またすぐに、大切な妻を置いて街を出ていってしまうであろう男の後ろ姿。

 それは否が応にも、あの——裏切り者の——背中に重なる。


「ナギ? どうしたの?」


 ナミに声を掛けられ、はっと我に返る。


「別に。何でもないよ」


 不機嫌な声を誤魔化すことができない。僕は苛立ちに任せて言葉を放った。


「今の、意味あるのかな」

「え?」

「アヤのお腹に触ったことだよ」


 怪訝な顔をするナミに構わず、僕は続ける。


「僕たちが何をしようと、結局気休めにしかならないのに。むしろ僕たちみたいな人間がお産のことを案じてもさ」


『国産みの神』にちなんだ名を持つくせに、命を紡ぐこともできない僕たちが。

 特別な力なんて何も持たない僕たちが。


 しばらく黙っていたナミは、おもむろに僕の目を正面から覗き込んだ。そしてしっかりとした口調で、こう言った。


「ねぇナギ、例え気休めにしかならなかったとしても、私はアヤとお腹の子の無事を祈りたいのよ。少なくとも、希望を持つことに意味はあるはずだわ」

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