1ー3 太陽と月の双子

 僕たち二人は、『神の化身』なのだそうだ。

 ナギ、ナミという名前は、古い神話に登場する『国産みの神』にちなんで付けられた。

 出産の折、母子ともに命を落とすことも珍しくないこの時代に、健康な状態で生まれた奇跡の双子。

 加えて、僕たちはどちらも性別が明確ではなかった。いわゆる畸形きけいなのだけど、街の大人たちは口々にこんなことを言った。


——『半陰陽』の双子はもともと二人で一つの完成された存在だったのだ。二人同時に生を受けたことで陰と陽を補完しているに違いない。

——『不具』は『福』にも通じ、世の幸福の象徴たり得る。


 そんなこんなで、何が何だかよく分からない理屈によって、いつの間にか僕たちは特別な存在として崇められていたのだった。


 ■


 僕らが広場に出向くと、住民たちは既に集まっていた。

 旧時代の噴水をぐるりと取り囲むようにして円形に拓けた広場は、この街の住民八十三名が全員腰を下ろしてもまだ余裕がある。もちろん、水はとうの昔に涸れており、今では中心部分に崩れかけた女性の像が立っているだけだ。

 それに背を向け、二人並んで群衆の正面に立つ。僕が左、ナミが右だ。


 たくさんの疲れた表情が目に飛び込んでくる。その中にはちらほらと、腕や脚など身体のどこかしらに包帯を巻いた者の姿が見える。

 ついでに、キャラバンのコウが何食わぬ顔で住民の輪に加わっているのも視界の端に映った。


 ナミが柔らかく微笑む。


「みなさん、ごきげんよう」


 ナギさま、ナミさま、と僕たちの名を呼ぶ声があちこちから聞こえる。

 そのまま突っ立っていると、笑顔を貼り付けたままのナミが、みんなから見えないように尻をつねってきた。


「……ごきげんよう」


 遅ればせながら挨拶すると、ナミは満足そうに頷き、静かに口を開いた。


「ここしばらく、苦しい時期が続いていますね。今年は少しばかり太陽の力が強いようです。この暑さもあって、先日は三人の方の尊い命が失われてしまいました」


 ナミは亡くなった三人の名前を挙げた。そのうちの一人は、まだ十歳にも満たない子供だった。

 三人は、みんな同じ病で死んだ。この街では今も住民のうち三割ほどがその病に冒されている。


 ヒルコリア糸状虫感染症、通称『ヒルコ症』。

 寄生虫が蚊を媒介して体内に入り込むことによって発症する病だ。蚊に刺された箇所から皮膚の腫れが拡がっていき、手足が腐って動かなくなる。熱発作を繰り返し、やがて寄生虫が心臓に達して死に至る。

 感染したら最後。旧時代には特効薬があったらしいけど、今となっては治療の手立てはない。包帯で爛れた皮膚を隠している人たちも、遅くとも三年以内には死んでしまうはずだ。


 僕とナミは声を合わせ、鎮魂の句をゆったりと唱えていった。広場に集った人々はしんみりと聞き入り、目を閉じて祈っている。

 どうか、安らかにお眠りください。

 どうか、僕たちをお守りください。

 誰かのすすり泣きが耳に届く。それは死者を偲んでのことなのか、あるいはいつか自分に訪れる運命を怖れてのことなのか。

 いずれにせよ、どんな慰めの言葉も虚しいだけだ。


 不意に緩い風が抜けていって、広場の四隅で焚かれた蚊よけの香の匂いが濃くなった気がした。

 このところ、集会のたびにこうして死者に祈りを捧げている。住民の数は減っていくばかりだ。


 張り詰めた空気を和らげるように、ナミが明るい声を出す。


「今日はいい知らせがあります。みなさんお気付きの通り、先ほどコウさんが来てくださいました。地下水路が崩れて貯水池の水も残りわずかになっていますが、いただいた資材で雨季の前に水路を直すことができるでしょう。また、水のタンクも持ってきていただきましたので、雨季までのおよそひと月、これで凌ぐことにしましょう」


 人々から笑みが零れ、コウが照れたように頭を掻く。

 僕は何となくそれが面白くなくて、誰にも気付かれないように小さく息をついた。


「では、この先ひと月の吉凶を占いたいと思います」


 ナミはそう言って、いつも通り地面に毛足の短い幾何学模様の絨毯を敷いた。古びてはいるけど、質の良いものだ。

 二人揃って腰を下ろすと、広場のざわめきが静かになった。

 ナミが懐からタロットカードを取り出した。これは母さんの形見の品だ。よく使い込まれていて、縁はもうずいぶん擦り切れている。


「始めます」


 ナミは二十二枚のカードを絨毯の上に置き、両手でぐるぐるとかき混ぜた。それを一つにまとめた後、半分から下を抜き取って上へと重ねる。強引に僕の手を取ってカードの山の上に乗せ、さらに自分の手を置いた。

 そして小さく息をつき、一分間ほど瞑想をする。


 広場に集まった人々も、みんなナミと同じように目を閉じている。中には手を合わせている者もいた。

 どこか盲信的にも見える人々の群れ。見慣れたいつもの光景だ。

 しかし、こちらにじっと視線を注いでくる者が一人だけいた。

 コウだ。

 目が合ってしまったので、僕は慌てて瞼を閉じた。


 やがて瞑想を解いたナミはカードの山から三枚を並べ、ゆったりとした手つきで左端からめくっていった。

 そして、その三枚を読み上げる。


「左から、月の正位置、塔の逆位置、そして太陽の正位置」


 左から順に、過去、現在、未来を示している。

 心なしかの緊張感が漂う中、ナミは静かに顔を上げ、口を開く。


「月の正位置は、不安な心や先行きの不透明さを表しています。塔の逆位置は、何か大きな変革が起きる兆しです。太陽の正位置は、強いエネルギーや成功を示しています」


 僕の片割れは、全員に届く声でゆっくりと続ける。穏やかな微笑みを浮かべながら。


「みなさん、ここまで本当に苦しい状況に耐えてきました。でも、それも終わりが近づいています。まもなく季節が移り変わるでしょう。雨が降れば川の水が増え、貯水池に水が溜まります。そうすればまた作物も育ってくるはずです。皆で力を合わせ、助け合いましょう。諦めなければ、きっと良き未来が待っているはずです」


 僕たちは姿勢を正し、お決まりの台詞で締め括った。


「みなさんに、太陽のご加護を」

「みなさんに、月のご加護を」

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