チャプター24:工場戦
ロック・ジェイムソン。
かつてフェイクを追い詰めピンクシールに退治された恐喝犯であり、今再び対峙している男の名である。
彼をどのような人間かと説明するのなら、粗暴で暴力に訴えやすい不良というのがロックという男の人物像となる。
それは先天的なもので、幼少から大学を中退するまでの学生時代、その後の生活に至る今もロックの行いは不変なるものであった。
こちらが一切の擁護ができない非があっても、相手に絶対の正しさがあっても、気に入らないと怒りを感じたのなら殴りつけていた。
金が必要になれば、見知らぬ他人を脅して奪う楽を覚えた。
実力で勝てない相手も関係ない。不意打ちでも何でもして、手段を選ばぬ方法で最終的に勝てばいいという考えを持っている。
警察やマフィアなどに喧嘩を売るほどの向こう見ずではなく、自分より弱い者を選んで虐げて生きてきた。
そんな生き方をしてきたロックであったが、あの夜のピンクシールとの遭遇が、ロックの日々を終わらせることとなった。
ピンクシールに敗れ警察に捕まったロックはそのままウェアム警察署署内の留置所に身を置くことになるが、彼を迎えに行く身内の者はいない。
ロックはその野蛮な性格から敬遠され、家族から勘当を言い渡されていたからだ。
絶望などはない。しかし、これで終わりかという落胆のような気持ちを抱いた。自分の性格を改めようとは思わないし、変わることはないだろう。だからきっと、牢屋の中で一生を終えるか暴力の中で死ぬかのどちらかだ。
ただ……一つ。一つだけ、ロックはやり残したことがある。正確に言うのであれば、あの夜の出会いでやりたいことができたのだ。
今、ロックが欲しているものはチャンスだ。
なんでもいい。一時的にでも外にさえ出ることができたのなら、この胸の中にある灯火のような小さな火を炎火へと燃え上がらせて進むことができる。
誰でもいい。ここから俺を出してくれ。時で消える火がなくならないうちに。
「―――ロック・ジェイムソンだな?」
偶然か必然か、そのチャンスは願う内にやってきた。
星印の覆面を被った警官達の姿と、それを引き連れた青年が現れて――――。
○◎
それからロックは奴の計画を聞いて、奴の使う武器を知り、奴の真の目的を知った。内容は何もかもが信じられぬ現実的ではないものばかりで、世界を変えると宣う夢想家の戯言や妄想の類のものであった。
しかし奴は実行した。DBCで騒ぎを起こし、あのピンクシールに勝利してみせたのだ。
成功するわけがないと思い込んでいたロックも、もはや信じるしかなかった。怪人スターマークは本物で、自分の目的を達成する一番の近道だと確信できた。
『この薬は未完成品だ。本来ならピンクシールほどのパワーを身に付けられるものを想定していたのだが、常人を一つ超えた力しか手に入れられなかった』
『まぁ……デモンストレーションには丁度良いだろう。うまく立ち回ってみるといい』
そうやって投与された
そうだ。これから行われるはデモンストレーション。スターマークから与えられたまだ未完成の力でどれだけ戦えるか……それを試す舞台は、主役の登場で完成した。
「俺はスターマークの正体も、これからやろうとしていることも知っているし、今どこにいるのかも知っている。それが知りたきゃよぉ――――」
言い終わる前にロックは片手で掴んでいた軍人を思い切り上空へ投げ飛ばした。
さながら砲丸投げを思わせる回転投法の姿勢。しかし放たれるは砲丸などよりもさらに重い鍛え抜かれた成人男性を軽々しく投げ放ち、上空より斜めの方向に飛ばされたその先は中央の巨大タンクだった。
「……ッ!」
直撃する。そうわかったピンクシールは膝をついていた足をすぐさま立たせて、姿勢を整えないまま巨大タンクの前へと跳躍した。
悲鳴と共に飛んできた軍人の背を横抱きに捕まえて、そのままピンクシールが飛んだ上空へと勢いを奪うように上昇し、垂直に落下して着地した。
できるだけ負担にならぬようにしたが、ピンクシールが一言「大丈夫!?」と声を掛けた軍人の男は足が折られていた痛みか、あるいは投げられた衝撃で気絶していた。
「俺の相手をしな、ピンクシール。もうわかってんだろうが、工場内には今の奴みたいに俺が足を折って動けなくなっている奴らがそこかしこに居る! 俺は今からそいつらを殺しに行くぜ?」
自分の重要度を、危険度を高めていく。自分自身を餌として、ヒーローを誘い込むためだけに軍人という庇護対象を用意したのだ。
「俺を捕まえてみろ!」
ロックはピンクシールが入ってきた扉とは反対の扉へと、飛ぶように駆けていく。
抱えていた軍人を慎重に、しかし素早く床に下ろして。遅れてピンクシールがロックの背を追っていく。
工場内を駆け巡る鬼ごっこが今、幕を開けた。
〇◎
金属の悲鳴が木霊する。
ロックは機械や機器など、とにかく手に着いたものを手当たり次第に掴み上げ、あるいは設置固定されているものを無理矢理引き抜いてはそのまま武器として扱った。
怪我をした軍人に、移動の最中に捻り取った鉄製のドアを両手に持ったロックが迫り襲い掛かろうとする。
その後ろ、すぐさま追いついたピンクシールが振り上げたドアを飛び蹴りで横に蹴飛ばした。
「おぉっ!?」
振り上げていたドアが手から蹴飛ばされた衝撃で体勢を崩すロックに、着地してすぐにピンクシールは拳を構え、一秒の間を置いてからロックの胴体へと右腕を振り向いた。
ロックは咄嗟に両腕を交差させピンクシールの攻撃を防ぐが、受け止め切れずそのまま後方へと突き飛ばされてしまう。
「痛ぇ」とロックは両腕をぷらぷらと振るわせながらも、不敵な笑みを浮かべている。
じんわりと痺れるような、熱さを感じる痛み。手加減はされているのはわかっているが、それでもこの程度で済んでいる。前の自分では今のでノックアウトされていただろう。まだまだ勝てはしないが、それでもこうして同じ土俵に立てていることが実感できていたからだ。
対するピンクシールもまたロックの状態を窺っていた。ダメージはどの程度か。どれだけ頑丈なのか。
そもピンクシールは――――ジェシカは、何も感覚でその怪力を振るっているわけではない。怪力が判明した幼少の頃に、父が知り合いにとある格闘ジムのインストラクターがいるということで紹介され、そこで力の使い方……主に加減の仕方を中心に武道の心得を学んでいた。
だからこそ今、ピンクシールには状況解決の早急さとそのための繊細さが求められていた。
目の前の男を止めるにはどのくらいの力か。どれだけ力を振り絞れて、殺さずに済む力加減なのかを見極める必要があった。
相対している男は強いには強いのだが、自分と渡り合えるほどの力量ではない。稀に反撃をしてきたりと数回の攻防のやり取りをしたが、そこで確信できた。
何よりも強さではなく、その硬さに厄介さを感じた。今まで相手にしてきた常人とは比べ、異常にタフなのだ。
あの時の夜に手も足も出ないまま退治されていた人物と同じとは思えず、今も成人男性を気絶させられるほどの攻撃を受けてもピンピンしている。
そして一番重要な謎は、わざわざ姿を晒してきたことだ。こんな戦い方をする男の目的が全くわからなかった。
対決を望むのか、何か罠があるか。あるいは何かを狙っている? いくつか考えてみても、どれもピンと来ない。誘導されているような、都合良く動かされているようでピンクシールは焦燥を掻き立てられて仕方ない。
男が持っているのは、怪人の手掛かりだけではない。持ち得ている力の謎も目的も、何もかもを問い詰めなければならない。
壁を破壊して逃走を図るロックの背を、ピンクシールが追う。
慎重に最速で。一つ一つの難題をクリアしていく戦いに、ピンクシールは挑んでいく。
サイドキック! 菊田池男 @sakana29
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