現実

1

 「遊園地行こう!」


廊下で背後から急襲を受けたかと思えば、これだ。僕の首に腕を回して、深雪は僕の耳元で大声を出した。


 僕はそれを引き剥がして、「急だな」とこぼした。触れた深雪の腕が、いつもより熱かった。


 「遊園地だぁ? 今度こそデートかお前ら」

舌打ちを交えて、僕の隣にいた立夏が言った。


 流石に違うよな、という目線を深雪に送る。深雪はそれに応えるように、ふっと笑った。

「チケットを四人分も手に入れてね。しかもプレオープンの」


 「プレオープン?」と聞き返そうとしたが、その言葉は立夏によって遮られた。


「それ、まさか『グリーンシティ』のか?」


代わりに、僕は「グリーンシティ?」と聞き返すことになった。


 「グリーンシティっつったら、あれだろ」


「全く説明になってないぞ、立夏」

呆れた様子で深雪は言った。


「グリーンシティは、都市と自然の屋内テーマパークだ。新宿のとあるビル、その全フロアを使ってつくられている。屋内を植物が彩っているのはもちろん、屋上にも木々がのびのびと立ち並んでいて……」


 「ふむ」

深雪が言い終えないうちに、僕は尋ねた。

「まだプレオープンなんだろ? どうしてそこまで知ってるんだ」


 「だってCMだってやってるし……」という立夏をまるっきり無視して、深雪は誇らしげに言った。


「関係者ってやつだからさ」


 僕が聞き返すより早く、立夏が「関係者ぁ!?」と吠えた。

「か、関係者って誰がだよ。まさかお前じゃないよな」


「私だよ」


「マジか」

立夏は真顔になって言った。


 深雪はそれを聞き流し、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「なんで、っていうのは私の秘密。一緒に来てくれたら、ハルには秘密を教えてあげる」


「え、俺は?」


「君に教える必要はないだろう」


 立夏は「格差だ!」と嘆いた。それには僕も同感だったので、「なんで僕だけ?」と深雪に聞いた。


「信頼と気分の問題だ。ハルは私の秘密を知るに値する人間だけど、沖田はね……」


「俺はそんなに信頼されてねぇのかよ」


「少なくとも、ハルよりは」


立夏は不快そうな表情を浮かべて、小さく舌打ちした。それから「気に入らねえな、お前」と低い声で呟いて、僕を小突いた。

 


 僕と立夏は、深雪の誘いに乗ることにした。予定日は四月の三十日ということで話がまとまり、立夏は一枚、僕は二枚、緑のチケットを受け取った。


 「あれ、どうして二枚?」

不思議に思い、僕は尋ねた。そういえば、深雪はチケットの枚数を四枚と言っていた。


「いやあ、ちょっとね」

深雪は照れくさそうに笑って言う。


「余計なお世話かもしれないけどさ、ハル。『忘れられない人』を誘ってみてくれないか?」


 「……は?」

素っ頓狂な声が出た。


「あの人を誘えってのか? 深雪は面識ないし、面白くないだろうに」


「私のことを気にしてるんなら、その必要はないさ。ハルと親しい人相手なら、すぐに打ち解けられるだろうし」


 そううまくいく相手じゃないぞ。

 そう言おうとして、「あっ」と声が漏れた。


 「それとも」と、深雪の唇が動く。

?」


 「……また当てずっぽうか?」

おそるおそる、僕は尋ねた。


「へぇ、また図星。わかりやすいな、君は」

当然のように、深雪はそう言った。僕には彼女の当てずっぽうが、恐ろしくさえ思えた。



 「まあ、前向きに検討しよう」

僕はその恐ろしさから意識を反らすため、話を戻した。


「近いうちに、会いに行く」


 「よろしく頼むよ」と、深雪は僕の肩を叩いた。


 彼女は不敵な笑みを浮かべていて、しかし眼差しは真剣そのもので、彼女の考えはさっぱり読めなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る