4

 「なにが悲しくて、野郎と回らなきゃならないんだか」


「文句言うなよ。どうせぼっちだろうと思って、俺が手ぇ差し伸べてやったんだろうが」


「ぼっちだってなんだって僕の勝手、だと思うんだけどなぁ」


 文化祭、開始五分前。簡単なシアターに仕立てられた教室で、僕と立夏は揉めていた。


 別に、一人ぼっちではないのだ。僕はちらりと、脇に立った葉月を見る。僕が「ぼっち」と言われたことが不満な様子で、頬を膨らませている。


 「手を差し伸べるだなんだって言うけど、立夏の方こそ友達いないんじゃないのか?」


「ハルがいるだろうが、友達」


「僕はぼっちだから友達いないよ」


「俺は友達じゃないってんだな、この」

立夏が僕のブレザーの襟を鷲掴みにする。冗談なんだろう、力は抜いている。


 その腕を振り払って、僕は「でも、不思議だな」と言った。

「運動神経もいいし、悪いやつでもないのにさ。どうしてそんな友達いないんだ? 女子にモテたっておかしくないだろうに」


「写真部の変態だからだろうな」

立夏は即答した。


 「なにそれ」

葉月が思わず吹き出す。笑われていることに、立夏が気付くことはない。


 「ふっと思い立ったら、どこへでも行って撮影するからな。下手したら、そこらの鉄道部員より電車乗ってるし。他の趣味がないから、気の合うやつもそうそういないし。俺みたいなやつに付き合ってられるような変態、いないだろ」


「僕も付き合ってられない」


「だろうな。ハル、俺の趣味に興味なさそうだし」


「君の写真は素敵だと思うけどね」


「お前に言われてもなぁ。佐々井さんとかに言われてぇよ」


 佐々井さん、という言葉に、どきりとした。そこに葉月がいたから、余計に。

 今のを聞いた葉月はどんな顔をしているだろう。そう思って隣を見ると、いつの間にか葉月がいなくなっていた。



 こういうことが、時々ある。ふとした時に、夢から覚めることが。特に、立夏絡みの場面で、その現象はよく起こる。


 僕の夢の葉月は、まだ不完全な存在だ。彼女ならこんな時こうするだろうな、という想像の及ばない状況では、どうやら彼女の姿が見えなくなるらしい。

 それから、本物の葉月が学校にいる時にも、夢は見えなかった。逆に言えば、葉月の夢を見られない時に保健室に行くと、高い確率で葉月に会える。そもそも、葉月が保健室に来るおおよその時間は、もう頭の中に叩き込まれているのだが。


 「……どうした? ぼーっとして」


立夏の声で我に返る。彼の顔が至近距離に迫っていた。


 「なんでもない。それより、さっきの話だけどさ。佐々井さんに写真、見せたことある?」


「ない。お前と違って、しょっちゅう保健室行くわけじゃねぇからな。授業サボったら成績ヤバいし……」


 それから立夏は、思い出したように「ああ、でも」と言った。

「文化祭なら、佐々井さん来てるかもな。誰かと一緒かもしれないけど」



 「——ん?」

ふと、なにかが頭の中で引っかかった。


 「どうした? 俺、変なこと言ったか?」


「いや、気分悪くなってきた。やっぱ野郎二人で回るのは身体に障るのかもしれない」


 白々しい嘘をついて、僕は立夏の元を去った。彼の前では頭を抱えてノロノロと歩いていたが、その視界を出てからは猛ダッシュで保健室へと向かう。


 本物の葉月が学校にいる時、夢は見えない。



 保健室の鍵は閉まっていた。

 怪我人でも出たらどうするのだろう、なんて思った。今、気にするべきはそこじゃない。泉先生はどこにいる? あるいは、葉月はどこにいる?


 焦燥に駆られる。


 九時のチャイムが鳴った。玄関の方から「ご来場ありがとうございます!」という通りのいい声が聞こえてきた。それから、どよどよという人の喧騒が校内になだれ込み始める。


 ふと、ドアの張り紙が目に留まった。


〈泉も楽しんでいます〉


 僕は、アテもなく駆け出した。



 学校中を、最新の注意を払って走り回る。どうしても人が多いから、全力で走ると危ない。そもそも全力で走っても速くないし疲れるだけだが。

 とにかく、その人の多さだ。多過ぎる。一学年のクラスが十数もあるのだから、仕方ない。 仕方ないが、人を探すには大問題だ。この中で、どう泉先生を、葉月を探せばいいんだ。



 そんな中、二年の廊下辺りで、有益な情報を耳にした。


 「泉先生が連れてた子、誰だろうね。娘さんかな?」


「いやいや、あの人未婚だから。姪っ子とか?」


「在校生にしては、見覚えないし、制服じゃないし」


「あとで聞いてみる?」


「覚えてたらね〜」


 制服姿の少年少女が、二人仲良く歩いていた。


 すれ違いざま、いい雰囲気に水を差すのは悪いかと思いながらも、僕は彼らを呼び止めた。


 「は、はあ。なんですか?」

女の子の方が、怪訝そうに言った。


「泉先生を探していてね」

僕は答える。


「誰かと一緒にいたッスよ、邪魔しない方がいいんじゃ……」

男の子は僕に、不信の眼差しを向けた。


「なに、それは君たちが気にすることじゃない。ただ、泉先生の居場所を教えてくれればいいんだ。僕は急いでいるんでね」


 言葉選びを間違えたかな、と僕は少しだけ後悔した。「手荒な真似はしたくないんだ」とでも続きそうな響きになってしまっていた。


 が、女の子の方が、すぐに愛想よく答えてくれた。

「一階の奥——、図書館の方に向かってたと思います」


 僕は早口に礼を言って、そしてまた走り出した。

 去り際、男の子の方が「なんだったんだ、あの人」と言っているのが聞こえた。



 金属のドアを軋ませながら開ける。

 人のまばらな図書館に、キィという音だけが響いた。


 図書館では、生徒の寄贈による古本市が行われていた。机の上にプラスチックの箱がいくつも並べられ、その中に本が詰まっている。一律百円。もっと高い本は、ブックスタンドに一冊ずつ立ててあった。

 立ててある本の中には、四谷轍の本もあった。それも最新作まで。数週間前に発売され、未だ専用コーナーを設けられているようなこの本を、誰が寄贈したのだろう。


 不思議に思って眺めていると、間もなく誰かがその本を手に取った。

 中学生くらいの、制服姿の女の子。マスクを着けていて顔がよく見えないが、僕には彼女が誰なのかわかった。


 葉月だ。

 彼女の一歩後ろに泉先生が立っているせいで、余計に明らかだ。


 「ん」

こちらを見た泉先生が、声を漏らした。

「相川くんじゃないか。一人か?」


「ええ、まあ。さっきまで立夏といたけど、置いてきたから」


 葉月はマスクを下ろして僕に言った。

「私が来てるって、知ってたの?」


 「わからない」と、僕は答えた。

「直感だよ。君が学校にいるような気がした、それだけだ」


 「不思議なこともあるもんだ」と、泉先生。

「でも、沖田君置いてきたって……。探してるんじゃないのか?」


「立夏のことはいい。なにが悲しくて男二人で文化祭過ごさなきゃいけないんだ。だったら一人の方がマシ——」


 「だってよ葉月ちゃん。男二人じゃなきゃ誰かと一緒でもいいらしいぞ?」

僕の言葉を遮って、泉先生は葉月の肩を叩いた。


「え、でも大丈夫なの? お母さんに知られたら——」


「フン、そんなの私の責任だろう。それに、バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ」


「えーっ、それでいいの?」

葉月は笑った。


 「え、お母さんに知られたらって……」


疑問に思って、僕は泉先生に尋ねようとした。が、泉先生はそれを鼻で笑い、首を振った。


「君が気にすることじゃないさ。私のことも構うな。いいから相川君、葉月ちゃんを連れて、めいっぱい楽しんできたまえ」


 葉月の背中をポンポンと叩いて、それから泉先生は鼻歌を歌いながら歩き出した。

 去り際、泉先生は図書館の出口で一度振り返った。


「終わったら、ちゃんと保健室まで連れてくるんだぞ?」

それだけ言うと、今度こそ先生はどこかへ行ってしまった。



 「——だってさ」

途方に暮れながら、僕は葉月に声をかけた。


「どうする?」


 「とことん楽しむ!」

予想外に張り切った様子で、葉月は答えた。


「私、こういうの初めてだからさ。どこまでも連れていってよ。ゲーム、屋台、展示、劇場、いろんなところに行きたい」


 葉月の目は輝いていた。僕なんかでいいんだろうかとか、期待を裏切らないかとか、そんな不安は一瞬で吹き飛んだ。


 「わかった。どこへでも連れていくよ」


 この笑顔のために尽くしたいと、ただそれだけを思った。

 それから、今日は絶対に倒れるもんか、とも。



 「怖くない?」


「怖くない」


「怖がらないと様にならないんだけど」


「ホラー映画とか、見慣れてるもんね。暗い教室に赤い手型くらいじゃ全然怖くないよ?」


 「……ああ、そう」


僕は、葉月が怖がっているところを見るのを諦めて、『呪いの日記』探しを再開した。文化祭の脱出ゲームにしては凝っていると思ったのだが、彼女にはまだまだ物足りないらしい。


 ——例えば、僕たちは脱出ゲームをした。



 「はぁー、すっごい」


「三発全弾命中——っても、五点のアルミ缶ばっかりだけど。君もやる?」


 僕は葉月に、おもちゃの小銃を渡す。


 「わぁ、本物は初めて」

葉月は目を輝かせて、その銃を眺めた。銃口をのぞいたり、引き金を見つめたり。


 しばらくそんなことを続けてから、彼女は銃を構えた。すごく様になっていた。人を撃つ覚悟を決めたような、凛々しい目つきだった。マスクのせいで、犯罪者に見えなくもない。


 彼女は無言で、引き金を引いた。

 コルクの弾が、三段目——一番上の段のさらに上を飛んでいった。


 「ダメかぁ」

頬を膨らませながら、小銃に二発目を込める。


 コルクが飛ぶ。

 今度は最上段の、非常食のスチール缶を掠めた。他より一回り大きいその缶は、その程度では倒れそうにない。


 「あれを狙ってるのか?」


僕の質問に耳も貸さず、葉月は最後の弾を込めた。


 三発目が放たれる。

 コッ、という音がした。金属の音ではない。

 無得点か。初めてだろうし、仕方ない。そう思った次の瞬間——。


 高いような鈍いような音が、床を伝って響いた。大きめの非常食の缶が、床に落ちた。


 ふぅ、とため息をついて、葉月が小銃を降ろす。

「どう? 一発で当てないと、カッコつかないけど」


「……あれ、どうやって落とした? 二〇点の缶なんてそうそう落とせるもんじゃないぞ」


 「フタに当てたの」

葉月は平然と答えた。

「上の方を狙えば落とせるな、って思って」


 「じ、じゃあ、最初っからあの缶のフタを狙って?」

信じられず、僕は重ねて聞いた。


「そう。折角ならチャレンジしたいし、ね」


 「こんな機会そうそうないもん」

二年生のスタッフに小銃を返しながら、葉月は言った。そうか、と僕は改めて思った。彼女にとって、これは初めての文化祭で。彼女にとっては、毎年訪れるものじゃないんだ。


 それから、僕たちは景品をもらった。一五点の僕は飴玉を三つ。二十点の葉月は、様々な駄菓子の中から、タバコ型のラムネを選んだ。


 「これ、一度やってみたかったんだぁ」

葉月はタバコを吸うように、二本指でラムネを口に運んだ。


 「ハルも一服、どう?」

葉月から箱を差し出された。


「じゃあ、お言葉に甘えて」

僕はそこから、ラムネを一本取った。


 ——例えば、僕たちは射的をした。



 待ち行列で、暇を持て余す。退屈で退屈で、さっきのラムネをくわえていないと落ち着かなくなっていた。


 「もう一本、もらっていい?」


「ん」


葉月はラムネをくわえたまま答え、僕に箱を差し出した。十本入りだったのが、もう残り二本になっていた。


 僕がそこからラムネを取ると、葉月が「ん」と自分のくわえたラムネの先を僕に向けた。


 「なに、佐々井さん」


「んふーふふ」

やっぱり葉月はラムネをくわえたまま言った。返答が言葉になっていない。


 状況と発音から推測して、

「シガーキス?」

という結論に至った。「うん」と葉月がそれに頷く。


 「意味ないだろ、それ。火を移すやつだし」


「ハルってタバコ吸わなさそうじゃん。ずっと」


「吸わない。と、思う。けど」


「なら、今しかないよ。大人になったらできないからね」


 葉月はもう一度、ラムネの先を僕に突き出した。


 「んで、マスクはいいのか?」

拒否の代わりに、僕は話を逸らした。


「なんで? 私の顔を見たくないの?」


「それから、この教室は僕と別々に入ること」


「え、ちょっと、どうしたの? 怒ってる? しつこかった? だったらごめんって」


 「怒ってないよ」

クラス表示のプレートを指して、僕は言った。


「ここ、僕たちのクラスだから。立夏を置いて誰かと——それも女子と回ってるなんて、立夏本人に伝わったら面倒だから」


 「えー」と頬を膨らませる葉月。

「つまんないよ、それ。なんとかならない?」


「でも、顔が割れてる以上は……」


 言いかけて、僕はふと思いついた。

「佐々井さん、マスクの予備って持ってる?」


 「え、あるよー」

そう言うと、葉月はウエストポーチからファスナー付きの真空パックを取り出した。マスクが何枚か、密封されている。


 「お母さんに持たされてるんだ。私のサイズだから、ハルには小さいかもしれないけど」


「いや、ちょうどいい。僕も顔が小さいみたいだ」


彼女と顔の大きさが近い。なんだかちょっと、むずがゆい気分になった。



 マスク効果は想像以上だった。僕たちを席に案内したのは神無木かんなぎという女子——クラスのまとめ役で、文化祭準備で僕と事務的な関わりが深かった生徒だ——だったのだが、彼女は僕が相川春希だとは思いもしていない様子だった。僕と葉月を前の方の席に手際よく誘導すると、また手際よく、次の観客の誘導にあたった。その観客、同い年くらいの、大学ノートを抱えた私服の女の子は、僕の隣の席に座った。



 教室の照明が落ちた。


 スクリーンに、真っ青な画面が映されている。


 教室の隅で、神無木がノートパソコンのパッドを叩いている。苛立った様子で。キリッとしつつも穏やかな、いつもの神無木の表情とは違う。険しい顔をしていた。


 とっさに僕は気付いた。接続がうまくいっていないんだ。

 数十秒にわたって青い画面が投影され続けたことで、他の観客にも戸惑いが広がり始める。


 今、この教室にいるスタッフの中で、パソコンの扱いを知っているのは神無木だけ。他のクラスメイトは焦りながらも、ただ立ち尽くすことしかできない状態だ。

 そして、僕はその解決法を知っている。準備期間のリハーサルでも、似たようなことがあったのだ。原因は、学校の備品であるケーブルの不調。立夏が私物のケーブルを持ってきたことで、この問題は解決したんだ。

 今朝、二本のケーブルは同じカゴにしまわれていた。だから、誰かが学校の備品の方でセッティングしてしまったのだろう。



 せっかくマスクで誤魔化したのだけれど。


 「ごめん」

葉月に一言そう言って、僕は席を立った。



 「神無木さん」


「はい……え?」


突然マスクの男に話しかけられ、困惑した様子の神無木。僕が制服を着ていてもこれか、と僕は半ば呆れた。


 声をひそめて、僕は尋ねる。

「それ、備品のケーブルだろ。それが入ってたカゴはどこにある?」


「あの、誰……」


「相川だ。僕がここにいるって知られるとまずいから、あんまり言いたくないんだけどさ。それより、カゴはどこなんだ」


 僕の正体を知って、神無木は普段の平静を取り戻した。仕事の顔になって、僕に答える。

「後ろの荷物置きの一番上」


 「了解」と返して僕は体を翻す。


 その僕を、神無木が呼び止めた。

「相川」


彼女の声に、僕は振り返る。暗い教室に、申し訳なさそうな神無木の顔がぼんやりと浮かんで見える。


「ありがとう。それから、邪魔しちゃってごめん」


「気にしなくていい。機材担当の立夏が悪いだけだ」



 機材トラブルは無事に解決し、僕は席に戻った。


 「ハル、なんだか頼もしく見えた」


「そりゃどうも。これでも原案出した人だからね」


「へぇ〜……え!?」


 僕が説明する間もなく、上演が始まった。


   ***


 緑の深い、夏の山。


 二人の女子と三人の男子が、談笑しながら山道を歩いている。その後を、一人の女子がとぼとぼとついていっている。


 しばらくすると、前の女子の一人が、心配した様子で振り返る。それから、うつむいて歩いている後方の女の子に歩み寄る。


 他の男女もたちもひとり、またひとりと後ろに戻ってくる。


 彼らは一人で歩いていた女子の肩を叩いたり手を引いたりして、彼女を励ます。六人の男女は笑いながら山道を歩く。


 が、しばらくすると、例の女子はまた談笑の輪から取り残され始める。彼女は徐々に集団から遅れをとり、やがて最初と同じように取り残されてしまう。


   ***


 「どうだった? 映画」

教室を出てから、僕は葉月に聞いた。


「なんというか、穏やかだけど残酷な感じ」

葉月は苦い顔で答えた。


 「あれ、君が原案なんだよね」


「うん。エンドロールにあった通り、脚本も僕だ」


 「でも、どうして君が?」


「ああ、それはね」

僕は人差し指を立てて説明する。


「立夏のやつ、写真部だからカメラ使えるだろって、なりゆきで撮影担当になっちゃったんだけどさ。別に動画が撮れるわけじゃないんだよね。それで、立夏が『どうにかしてくれ』って僕に泣きついてきてさ。せめて撮影が楽になるようにって、僕が話を書くことにしたんだ」


 「友達想いなんだね」

葉月は言った。


「友達を裏切って、他の人と文化祭を楽しんでいるのに?」

そう僕は返す。


 「じゃあ前言撤回。ハル、自分が原案をやりたかったから引き受けただけでしょ?」


「それも、ある」

 鋭いな、と僕は思わず感心した。全くもってその通りだった。


 確かに、立夏から泣きつかれはした。でも、僕には立夏の手助けをするつもりなど、ほとんどなかった。いい口実ができた、とは思っていたが。



 試してみたいことがあった。


 葉月以外の人間も、脳内で再現できるのか。


 僕は原案担当に立候補し、そして就任した。その後一週間、クラスの何人かを観察し続けた。

 その結果、葉月の夢のように現実世界に投影することこそできなかったが、クラスメイトをある程度脳内で動かすことができるようになった。


 その中でも、特に興味深い人間性を持っていたのが神無木だった。

 神無木はクラスのまとめ役でありながら、いまひとつクラスに溶け込めていない人だった。頼りにされながらも、あまり親しくはされていなかった。矛盾しているように思えたが、さらに観察を進めるうち、納得のいく答えを見つけた。

 彼女は、他者の幸せを眺めることをよしとする人間だった。輪に入れずとも、外から見ていられればそれでいい、というのだ。


 僕はそんな神無木をモデルに『仲間に馴染めない少女』の話を書いた。神無木と直接交渉し、彼女に主役を務めてもらった。自分で言うのもなんだが、神無木の演じる主人公は、まさに神無木そのものだった。



 「ああ、そうだ」


文化祭も終わりの時間が近付き、僕たちは保健室へと向かっていた。僕は葉月に言い損ねていたことを思い出した。


「映画のさ、映像。立夏が撮ったやつ、どうだったよ」


「すごく、綺麗だった。自然を撮るのが得意ってだけあるよね」

うっとりとした表情で、葉月は言った。僕はほんのちょっとだけ、それが気に食わなかった。


 「今度立夏にあったら、直接言ってやれ。立夏、この撮影のために一から映像の勉強したり、撮影用のカメラとかドローン買ったり、それから映像編集までやったり、めちゃくちゃ頑張ってたからさ。褒められたら、きっと喜ぶよ」


 「そっか。また会えたら、言うね」


気のせいか、一瞬、葉月の表情が曇ったように見えた。


 「どうした?」


「え? どうもしてないよ」


「なら、いいけど」


 そんなひとときを過ごして、僕は感じた。

 これが、きっと、葉月の目指す青春なんだろう。

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