想いを込めて

城崎

君に

本を読んでいるはずの彼の視線が、手元へと突き刺さっているのを感じる。ノートから顔を動かしそちらを向けば、慌てたようにそらされる視線。そのまま背表紙の向こうへと消えた。

「まだだよ」

無音の問いに、何度目になるか分からない答えを返す。

「あとどのくらいかかる?」

彼が背表紙からそっと目を出し、やっと目が合った。その目に浮かんでいるのは、期待の色。

「もうちょっと」

一瞬で彼の目が、不快を訴え始める。

「そう返すの何回目だと思う?」

「覚えてない」

「7回目」

「そんなに?」

「そんなに」

「具体的な数字を出されると焦る」

「詰まってるところ次第では、手伝えたりしない?」

「押すか叩くかで悩んでる」

「それは唐の時代に敲くで決まっただろ、目を覚ませ」

悩んでいる内容はともかく、詰まっているのは事実である。それに対する目を覚ませという言葉は、もっともなように思えた。このまま唸っていても仕方がない。ノートを1度手放し、思いっきり伸びをする。ずっと座っているのももう限界かもしれない。このまま1度、外へ出てみよう。なにかが思いつくとは思えないが、頭をスッキリさせるにはちょうど良い。

「ねぇ」

彼に問いかけようとしたとき、その手はノートを捲ろうとしていた。

「なに?」

慌ててノートへと手を伸ばし、開かれないように表紙と裏表紙との端を掴む。

「なんでよ」

「途中だから」

「俺が読んで感想を言うことで、思いつく言葉もあるかもしれないし」

口から「そ」の音が微かにこぼれた。同調しかけたのを、首を横に振って否定する。

「そうかもしれないけど、君にはちゃんと完成させたものを見てもらいたいから」

「知ってる」

「え?」

彼が手を離し、ノートが揺れる。彼はまた、背中を床へと預けた。私とは反対側に顔があり、隠すように本を固定している。

「なに、今の」

「急かしてごめん」

「うん?」

「楽しみにしてるけど、ゆっくりでいいよ」

声には確かに、彼らしい優しさが含まれていた。彼なりの照れ隠しだろうか。だとしたら、とても分かりにくいよ。あえて声を出して笑うと、彼は決まりが悪そうに足を組み直した。

「分かった。ゆっくり君のことを思い浮かべながら、たくさんの私の想いを込めるね」

「あっ、そう」

嬉しそうな声色に気付いたことは知らせずに、再びノートと顔を突き合わせる。外に出るよりもずいぶんスッキリした今なら、書き終えるような気がした。私が好きな、君の物語を。

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想いを込めて 城崎 @kaito8

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