路地裏の出来事
マフユフミ
第1話
気づいたときにはもう、僕の体は宙を舞っていた。
いつもの町並みが初めて見る景色みたいにキラキラしていて、ふわりと舞い上がった感覚とは逆に、急激なスピードで、体は地面に叩きつけられていた。
体があり得ないほど痛い。
ドクドクと何かが流れ出す感覚。
視界は次第に色を失い、体を覆う赤しかもう認識できなくなっていた。
ちょっとした好奇心に負けて、大通りになんか出なければ良かった。
「大通りには行っちゃいけないよ」
口が酸っぱくなるほど、いつもいつもママは言ってくれていたのに。
「私たちは人間から見たらちっぽけな存在さ。車になんか乗ってたら、そりゃもうこんな小さい体は見えないんだよ」
本当にその通りだった。
僕のことなんて全く見えていない大きな車が突進してきたときに思い出したのは、ママが語っていた大通りの恐怖。
これくらい大丈夫だろう、なんて油断して道を渡っていたとき、飛び出してきたそれは猛スピードで駆け抜けていった。
ちっぽけな僕の体を跳ね飛ばして。
高く舞い上がり、地面に叩きつけられた体はもう手遅れだった。
誰に聞かなくても分かる。
だって恐ろしいくらい血が出ている。
助けてほしいとか、もっと生きたいとか。何一つ考えられない。
意識が飛んでしまえば楽なのに、それすらもできなくて。
ただ、みんなのところに帰りたい。
ママに会いたい。
それだけを思って、僕はいつもの路地裏へと重い体を引きずって歩くのだった。
「おい!どうしたんだ!!」
誰かの声が聞こえる。
ああ、見つけてもらえたんだ。
ほっとしたら、だんだん力が抜けてきた。
ママの泣く声がする。
兄弟たちが励ます声がする。
でももうその声に応えることができない。
痛い、苦しい、寒い。
こんなにあたたかな場所に帰ってきたのに、なんでこんなに寒いんだろう。
どうせきっと助からないのに、なんでこんなに辛いんだろう。
そんなときだった。
後ろの方から、ザッザッと足音が聞こえる。
この足音は人間だ。
それでも、もう逃げる気力もないし、みんなも僕から離れない。
足音が近づくにつれ、別の音も聞こえてくる。
少女の歌声。
きっと足音の主なのだろう、少しかすれているのに妙に心に響く声。
痛みと苦しさでささくれだっている僕の心を、やさしく撫でるような。
歌声は、どんどん僕に近づいてくる。
迷いないその足取りは、いつもの恐怖を感じさせる人間の歩みとは全く違う。
それは、今の僕がひどく求めているものに近い気がした。
「さあ、おいで」
歌い終えた少女は、僕に手を差し伸べた。
色を失った僕の視界にも、なぜかその手だけははっきり見える。
僕を抱き上げやさしく微笑む少女はまるでこの路地裏のように温かく、ママに抱かれているように安心した。
「おやすみ」
そうつぶやいた少女の手には、煌めくナイフ。
そうか、彼女はこのために来てくれたんだ。
きっとこれで、楽になれる。
僕が確信すると同時に振り上げられたそれは、太陽の光を反射して、眩しく揺らめいていた。
路地裏の出来事 マフユフミ @winterday
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