一振り

 両者は再び対峙する。

 正直な事を言うと、ここまで決着が長引いてしまうとは、レオン=フローレンスは思っていなかった。

 綺麗に着こなしていた白いスーツも、先の戦闘で埃にまみれ、擦り切れボロボロになっている。

 片や目の前にいる少年は、見た目で言えばレオンよりも酷い。服どころか全身が傷まみれで、点々と自身の血を服に滲ませている。文字通り満身創痍の姿で立っていた。

 逆を言えば、ここまでレオンは少年を追い詰めているのに、決着はまだ、つけられていない。

 少年のレオンを見る瞳は、その身体とは裏腹に、自信と決意に満ち溢れている。

 直ぐに終わると思っていた月島大地との「茶番」は、まだ終わっていない。

 認めるしかなかった。力が全てである世界に身を置く者として、そんな不確定なものの存在を認めたくはなかったのだが。

 レオンの想像よりも、予想よりも遥かに上回る、月島大地が持つ執念が、この「私闘」を長引かせている。

 月島大地の背後には、年端もいかない二人の少女が見守っている。

 先程のこの生闘会のやりとりと聞いていない訳ではなかったが、どういうわけか全員ではなく、月島大地一人で対抗するという。

 この先の決着を、この少年の勝利で終わると、二人の。いや、三人の少女はそう確信している。

 現実主義のレオンにとっては、三人で闘わない理由が理解出来ない。この男なら勝ってくれると、何故何ら根拠のない自信を持てるのだ。

 気に食わない。この小僧達を見ていると、自身がここまで信じ、貫いてきたものが否定されているようだ。

 だがそれも、次で終わる。

「……別れの挨拶は済んだのか? 小僧」

「んな挨拶はしてないが、約束はしたよ。全部終わったらみんなで飯を食う、ってな」

「出来ない約束はするものではない」

「自分で言うのなんだけど、俺は交わした約束はきっちり守るタイプなんだよ。つかそれより――」

 月島大地は、レオンの目前に堂々と立つ。

「冷血で空気も読めなさそうな奴がよくもまあ、俺達が話しをしている途中で割り込まなかったな?」

「っ!」

 僅かに、レオンは反応を見せる。その若干の表情の変化を見逃さなかったのか大地は挑発するように笑った。

「割り込みたくても身体が動かなかったのか。それとも本当に空気を読んだのか。まあどっちでもいいけど――」

「…………」

 大地は左手を目線の高さまで掲げる。レオンに見せつけるように、力強く拳を握り締めた。

「文字通り一発分だ。次で全部、終わらせてやる」

「随分と、俺も舐められたものだな」

 強気の台詞を吐く。

 身体的なダメージは、月島大地だけではない。外傷は酷くないまでも、レオン=フローレンスの体内は、敵の話に割り込む事が出来ないほどの傷を負っている。

 たった一発の拳を受けただけで。たった一発の拳を受けたせいで。

 認めたくは無い。だが月島大地が言ったように、自身も次の一戦が限界だった。

 月島大地が持つグールの潜在的な力は、レオンの力に勝るとも劣らない。

 それでも、長年の戦闘経験は遥かにこちらの方が上なのだ。

 自身が持つプライドの為にも、今後の目的の為にも。必ず、小僧の息の根を止める必要がある。

 両者が更に接近する。互いが互いの拳が届く距離にまで迫っている。

「貴様の土俵にあえて乗ってやる、小僧。乗った上で、埋める事のできん力の差を見せつけ、これ以上義妹が下らない希望を持たぬよう、貴様を殺す」

「ごちゃごちゃうるせーよ。てめえが自ら俺の土俵に乗ったんだ。負けた時の言い訳にもできねーからな」

 みるみるうちに左手から黒い影が蠢き、左半身を覆った。顔の半分にまで侵食した影の影響なのか、左の眼球と瞳孔の色が逆転している。

「全力で来いよ。パツキンオールバック」

「言われなくても、そのつもりだ……!」

 対して、レオンも右足を引き、構える。意識を全身に張り巡らせ、自身の中に宿るグールの力を解放する。

 互いの重圧が干渉し、空気を振るわせる。生ぬるい風が両者の間で吹き荒ぶ。中心から、地面に亀裂が走った。

 港の一角にあるこの倉庫だけが、鉛のように重い空気を纏っている。

 全ての力をその一撃に溜め込むかのように、大地もレオンも、構えたまま一切の動作を止めている。

 一触即発。拳が当たれば敗北は必至。

「……」

「……」

 互いの視線を捉えたまま、逸らさない。

 この一戦で、決まる。

 ほんの数秒の硬直の後。

 先に動いたのは月島大地だった。

「!」

 レオンの視界から大地の姿が消える。

(迅――)

 瞬くその瞬間よりも早く、

 互いの拳が届く距離にまで接近する。

 ――ここに来て、まだ限界を上回るのか!

 下半身の踏み込みから生まれたエネルギーを、上半身を伝って左腕に全て込めている。

 闇を纏ったその拳は、空気を裂く音も置き去りにする程。

 その一振りは十分に、レオンを戦慄させた

 レオンは敵の拳の先端が迫るのを見逃さなかった。だがこれまで以上の振りの速さに、目で追うのが精一杯であった。

「――ぐっ!」という食いしばった声と共に、レオンは全身の感覚を研ぎ澄ませた。

 拳が顔に触れるギリギリのタイミングで、上半身を捻り拳の軌道上にあった身体を回避させる。

「くそっ――」

 月島大地が顔を歪ませた。全てを込めた一撃だった筈だ。当たりもしない結果は、本人が一番望んでいない。

 振りぬかれた漆黒の腕。陽炎の如くその体表は朧げに映る。遅れて発生した風圧で、レオンの金色の髪が無造作に乱れた。

(これだけの力をまだ見せるか、小僧!)

 だが、相手の攻撃はいなした。

 振りぬいた後の体勢も滅茶苦茶だ。言うなれば、月島大地は完全に無防備である。

 瞬時に攻撃の姿勢へシフトする。敵を、月島大地という敵を補足し、自らの腕にグールの力を込める。

 月島大地はまだ腕が伸び切っており、体勢が崩れたままだ。今から動いても遅い。レオンのカウンターに間に合わない。

 準備は既に整えている。レオンは攻撃態勢を取っていた。

「残念だったな。貴様の渾身の一撃とやらも、虚しくも空を切った!」

「っ!」

 目の前には、月島大地の顔面。

 遮るものは、何もない。

 拳を握り直す。レオンはグールの力を最大にまで解放させ、そして、

「これで本当に終わりだ! 月島大地!」

 その硬い拳を月島大地の顔にぶつける。

 低く、鈍い音が一度だけ響いた。

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