第11話

「はあ?」


 溝口は眉間にすぱっと鋭い刃物で切り込みを入れたかのようなシワを刻み込んでこちらを睨みつけてくる。

 無理もない。高田からいきなり「今度の休日一緒にライブに行きませんか」と誘われたのだから。


 溝口が貝ひも大統領だとわかった今、正攻法で挑んでいてはいつまで経っても勝ち目はないだろう。何しろ相手はあの貝ひも大統領なのだから。 

 彼女を笑わせるための一番の近道は彼女の笑いのポイントを探すことだと高田は考えた。そのためには溝口に近づくことが不可欠となる。一か八かの賭けだったが、このまま何もしないでいても埒が明かない。

 しかし、今目の前で眉間に皺を深く刻んだままこちらを訝しげな視線で射抜く女をお笑いのライブに誘い出すのに、果たしてどの程度の労力を要するのか、そのハードルの高さを思うと高田は気が遠くなるのを感じた。


「えーと、ほら、この間僕交通費の申請間違えちゃって、すごくご迷惑おかけしちゃったじゃないですか。何かお詫びしたいなあと思って、それで周りの方に聞いたらお笑いがお好きって聞いたんで。もしよかったらと思いまして。これチケットです」


 家で考えてきた台詞をいっきにまくしたててから、チケットを強引に手渡す。チケットには出演する芸人の名前が書いてある。

 溝口は難しい顔をしたまま、出演する芸人たちを吟味しているようだ。今旬の芸人が何組も出演するこのイベントはプラチナチケットと言われており、高田はネットオークションで元値の五倍近い値段を払ってやっとの思いで手に入れた。溝口を誘い出すにはこれくらいのことをしなければと、思い切って買ったのだった。


「…このチケット、よく買えたね」


 溝口がぽつりと言う。


「まあ、どうしても見たくて」

「私も見に行きたいと思ってたんだけど、もう売り切れてて」


 やった。思わず心の中でガッツポーズを取る。


「じゃあ、一緒に行ってもらえます?」

「いいよ。誘ってくれてありがとう」

「あの、じゃあ、六時に新宿駅の南口で。花屋の横のところに立ってますから!」


 そう言って高田は走り出した。これで計画の第一段階はとりあえず成功だ。あとは、溝口のツボを見つけるだけだ。

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