第5話
全体会議は各部の主任クラス以上が全員出席する会議だ。
全社員百五十名程度の中小企業だが、この会議に出席する人間は三十名以上いる。
会社で一番大きい会議室はそれだけでいっぱいだ。部屋の一番奥には社長が早くも鎮座している。
高田は代理でその会議に出席することになった。社長以下、役員も出席するこの会議は高田のキャラクターを浸透させるいい機会だった。
この日の議題は現在高田の会社で主力商品となっているシェイプアップマシンの「お肉ぶるんぶるんベルト」の売り上げ不振を打開する為、各営業部門からアイディアを社長に対してプレゼンするのがメインとなるはずだった。事前に課長からは代理出席だからおまえは何もしなくていい、と言われていた。
もちろん、何もしないわけにはいかない。
各部門の似たり寄ったりなプレゼンが終わるのを見計らい、高田はすかさず手を上げた。
周囲の視線がいっせいに高田の元に集まる。隣に座っていた同席している課長が目を見開いてこちらを見ているのがわかる。口は小さく開きかけて何かを言おうとしている。言葉にはなっていないが、言いたいことは痛いほどわかる。すなわち「お前何をいうつもりだ」「余計なことは言うな」
「えーと…君は…?」
司会進行を務めている三田役員が手元の出席者一覧を見ながら高田の名前を必死に探している。
「江藤係長の代理で出席しております、営業2課の高田公平と申します。高島屋の高、田んぼの田、公平不公平の公平です。生まれてこの方不公平の方を主に経験しておりますので、高田不公平に改名を検討中です」
隣の課長が何か小さい声でぶつぶつ言っている。もともと気の小さい人間なので声に出してはっきり言えないのだろう。高田は聞こえないふりをして続けた。
「…で、その高田不公平君、何か意見が?」
三田役員が高田の台詞に乗って言った。周囲の役員連中がお愛想笑いを低く立てる。
「あ、不公平はまだ検討中なんで、今の所は公平の公の字から取ってハム平でも結構です」
「高田っ」
ついに抑えきれなくなったのか、課長が高田にも何とか聞き取れるくらいの音量で高田の名前を呼んだ。
高田は横をちらりと見ると任せてくださいと言わんばかりに片目をつぶって見せた。課長が呆然とした表情で固まっているのがわかる。
「先ほどまで出たプレゼン、大変興味深く拝聴しましたが、やはり皆さんもう少しユーザーの立場に立って考えるべきだと思うんです。つまり、実際に商品を使用する人と同じ視点でいかに商品が見れるようになるかが大事なのではないかと」
「ほう」
先ほどまでつまらなそうに腕組みをして目を瞑っていた社長が声を出した。三田役員も社長の方向へちらりと目をやる。
「ですから、みんなで一度太りましょう」
周りがいっせいにざわめき始める。
「弊社は健康器具を取り扱っていますが、皆さんすりむな方が多いです。痩せてる人が売ってるものに信頼がありますか?太ってる人がデブの悩みを知っているからこそユーザーの信頼を勝ち取れるんです。なので、まずは社員全員で太ってみて、それからもう一度このベルトで痩せる。それを大々的なキャンペーンとして打ち出すんです。社員食堂で有名になったタニタはただ歩数計や体重計を売り出すだけでなく、社員が食堂を利用して健康への意識をアピールするようになってから飛躍的に成長しましたし、メディアも取り上げるようになりました。商品の知名度を上げるためには必ずしも有名人やお金をかけることに頼るばかりではありません。現在はユニークな試みや、消費者の目線に立った企画が受け入れられやすい土壌にあります。社員の取り組みをソーシャルメディアや動画で配信していきましょう。ユーザーの気持ちと共に歩む企業。そのイメージを付けるんです」
出まかせだった。昨日本屋で立ち読みしたビジネス雑誌と新書に書いてあった内容を適当に寄せ集めただけだ。
しかし、高田の予想以上に彼の言葉は出席者の中の手応えを得ているようだった。高田は焦った。バカバカしいと笑ってくれることを予想していたのに。社長も今や先ほどまで閉じていた目を開き、隣の三田役員の耳もとに何か話しかけている。慌てて高田は足元に置いていたファイルから厚紙で作った手製のフリップを机の上に出した。
「あ、ちなみにですね、イメージボードを作ってきました。ビジュアル的にはこんな感じですね」
そこには社長の顔をネットで拾って来た外人の巨漢にコラージュした写真がぶるぶるベルトで激しく振動している様子が貼り付けられ「あなたと一緒に私もぶるぶる!社長が本気で痩せたらキャッシュバックキャンペーン!」と書かれている。
「えーと、社長がチャレンジして、痩せたらお買い上げ金額の一部をキャッシュバックする、というキャンペーンを打ち出して、販売促進に繋げる、というわけです。どうです?」
さすがに怒鳴られるか、と覚悟したが、社長は写真の顔が自分だとわかるなり「はーっ」と息を吐き出した。何事かと身構えたが、それが社長の笑い方なのだと徐々に気がついた。
周りの役員連中も追従して戸惑いながらも愛想笑いをしていく。隣の課長の顔を見ると、固まったまま頬のあたりを引き攣らせて何とか笑顔を作っているようだ。
「面白い!」
社長が叫んだ。よし。とりあえずトップは笑わせてやったぞ。岩橋待ってろよ。お前も必ず爆笑させてやるからな。
そんな風に一ヶ月が過ぎて行った。
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