第5話 I Can See Clearly Now
私とぱせりはマラソン用のジャージを、皇居の周りとか、川沿いを走っているランナー風のやつを一通り揃えた。それから、フードのついたシャカシャカいうパーカーとサングラスで顔を隠した。私達だとバレないように。学校が終わって、吉田さんとそのお友達、そして巻田がうちの近所までやってくる所を狙う。駅を降りて地上に出た三人は、吉田さんからお金を巻き上げてそこで別れ、何枚かの万札を自分達の財布にしまいながら真っ直ぐ歩いてくる。道の先には大きな橋がある。私達は橋の向こうに先回りして三人を待ち伏せした。三人が橋を渡り始めたところで、私達は橋の向こうから三人に向かってゆっくりとジョギングを始める。
あと五メートル。
この辺は日中でも川沿いの遊歩道を走るランナーが沢山いて、夫婦やカップルで走っている人も多くいる。普段からよく見る光景に三人は警戒することもない。
あと三メートル。
三人はすれ違うために道をあける素振りすら見せず、歩道いっぱい広がっておしゃべりしながら歩いてくる。
あと一メートル。
すれ違いざま、私とぱせりは背中に刺して隠してたビニ傘を引き抜いて、三人の脛めがけて思いっきり振り抜いた。女の子二人は足をすくわれて顔面を地面に擦り付けるようにして転んだ。巻田はさすがの反射神経で間一髪避けられたけど、両足でジャンプしてガラ空きになった股間をぱせりの右ストレートが捉える。巻田は、ぐっ、と声にならない声を上げて地面に倒れこむ。すかさず三人の顔に、近くの百均で買った巾着を被せる。状況が理解できないまま声も出せない三人を、一人ずつ抱えて川へ放った。
「なになになになにいやああぁぁぁぁぁぁ!!」
盛大な水しぶきを立てる音を背中で聞いて、私とぱせりは走って逃げる。橋を渡って遊歩道に出て、巻田と彼女達を落としたのと反対方向にひたすら走る。途中、パーカーを脱いで服装も変えて。上手く他のランナー達に紛れる事が出来た。息が苦しくて、横っ腹が痛い。私はなんだか笑いがこみ上げてきて、我慢できない。ふふふっと声がもれる。
「ちょっ……なに……笑って……の?」
ぱせりが息も切れ切れに聞いてくる。ムカつく奴らを川に放り投げてスッキリサッパリしたっていう事なんだけど、それだけじゃないような気がする。空の青さとか、雲の流れとか、隣を走るぱせりとか、そういうのが全部くっきりはっきり見えて、それがなんだか胸にきて、笑いがこみ上げる。可笑しいとか、そういうんじゃなくて。とにかくお腹の底から大声で笑いたい、そんな気持ちだった。結局、私とぱせりは浅草一歩手前まで走って逃げた。
翌日、彼女達は鼻やおでこに絆創膏を貼って機嫌悪く登校してきた。自席でぶすっと大人しくしていて、いつもなら絡まれている吉田さんは不思議そうな、でもほっとした表情をしている。いつも通りの毎日が、ほんの少しだけ変わっていく。
他の人から見たら全然大したことはない。それでもいい。ぱせりが私にそうしてくれたように、私も誰かにそっと寄り添ってあげられる、そんな人になりたい。
昼休みになって、私はまっすぐ吉田さんの席に向かう。吉田さんは、突然自分の席の前に立った私を恐る恐る見上げる。私は、ぎゅっと拳を握って真一文字に結んだ口を開く。
「吉田さん、パン、一緒に買いに行こう」
パセリ @muuko
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