彼女はおにぎりが好きだった

高峯紅亜

世界の終わり


 小さな四角い部屋で彼女は言った。


「あと五分で私、死ぬんだよね」


 左手に付けているデジタル式のカウントダウンタイマーはちょうど05:00に切り替わった瞬間だった。


 冴え冴えと白いこの部屋の端に置いてある真っ赤なバラが鮮やかな色を放っていた。


 僕はそっと彼女の手を取った。絹ハンカチのように柔らかい。


 仰向けになってベットに横渡る彼女の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。


 しばらくの沈黙が続く。


 僕はその静粛さに耐えられず言った。


「もう付き合って三年か......、長かったようであっという間だったな」


「そんなこと言わないで、悲しくなるから」


 チラッとタイマーに目をやるとあと四分になっていた。


「人間達はさ、いつ死ぬとか分からないじゃん」


 彼女は続けた。タイマーの残り時間は減っていくばかりだ。


 僕はいつ死ぬのだろう。


「私、そっちの方がいい。時間を突きつけられて恐れながら生きるよりも自由奔放に

 生きたかった」


「私は特別な事情があってこの世界に来たけどあなたと出逢えて本当に良かった」


 僕は黙って聞いていた。未だに僕はその『特別な事情』を知らない。


 横渡る彼女の顔を見てフッと笑ってしまった。綺麗すぎて。


 なんて美しいんだろう。死ぬ間際だというのに、真っ黒な二つの瞳はなんだか死を恐れてはいないように見えた。


「最後にあなたの手作りのおにぎりが食べたい」


「そういうと思った」


 僕はカバンからふっくらとした三角形のおにぎりを取り出すと彼女に差し出した。


 にんまりと嬉しそうな顔をほころばせながらそれを受け取る彼女。


 おにぎりに伸ばした彼女の手に付いていたタイマーにはあと三十秒しか残っていなかった。


 残された時間とは逆にゆっくりとサランラップを剥がしていく。


 残り二十秒。


「中、何も入ってない?」


「うん。早く食べないと時間ないよ」


 君は何も入ってないただの塩おにぎりが好きなんだよね。


 小さな口でパクリとおにぎりに噛みつくと下を向きながら塩のしょっぱさを味わうようにして咀嚼した。


 残り十秒。


 細い喉でゴクリと呑み、顔を僕に向け、ニコッと笑うと言った。




「今日のおにぎりが一番美味し......」









 大爆発が巻き起こった。






 僕は直感的に思った。











『特別な事情』ってテロだったんじゃないか、と。




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彼女はおにぎりが好きだった 高峯紅亜 @__miuu0521__

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