恋文

風見草

恋文

これは私の恋文です。

何かの曲の歌詞に出てきた拝啓なんて響きの良い言葉から始めようかと思ったけれど、確かあの言葉にはセットになっている終わりの言葉があって思い出せなくてかっこつけるのはやめました。

そんな話はどうでもいいですね。

私はあなたが好きでした。

気持ち悪いですか?当然です。こんな訳の分からない手紙を送られたら誰だって引きますよね。

この感情を私は「愛」と形容します。それを「友情」と呼ぶか「恋情」と呼ぶかは自由です。あなたが私にとっての絶対であることに変わりありません。あなたは私だけの天使です。いや、神様と言った方が近いでしょうか。もはや値するものなんてありません。無駄な喩えはやめます。

あなたは慈悲深い。私は慈悲が欲しかったのでしょうか。いいえ、慈悲とは求めるものではありません。あなたが勝手に恵んだのです。私はそんなもの望んでいなかったのに。

あいつらと一緒に吐いたあの言葉はきっと本心ではなかった。だから私に謝った。あまりに聞き慣れた罵詈雑言はいつしかノイズへと変わっていったのに「ごめんね」というあなたの囁きだけは湖面の漣のように私の心から消えなかった。

あいつらが私を足蹴にしてもあなたは笑っていた。それでも傷付けるために私に触れたことは一度もなかった。殴るなり蹴るなり思う存分痛め付けてくれたらよかったのに。それくらいの傷はすぐ消える。この愛に比べればちっとも痛くなかった。

階段から突き落とされたあの日だって、あいつらと先に帰ったはずのあなたはわざわざ戻ってきた。脚を捻挫して泣いていた私にハンカチを渡して、ごめんねごめんねと懺悔した。あいつらに見つかる前に一刻も早くあの場から立ち去りたかったはずなのに。

嗚咽の混じった吐息も頬にかかる柔らかい髪も優しく触れた手の温もりも本当に本当のことで、それを感じる私がこの世界に生きている唯一の証でした。

それにしても理解できなかった。あなたならあいつらを止めることだってできたはずです。多少の反感は買っても私の二の舞になることはなかったはずです。裏でこそこそ私なんかに話しかけたり手助けしたりしているのを知ったらあいつらはあなたを裏切り者と呼ぶでしょう。そんなリスクを犯すより堂々と止めた方が罪悪感だって晴れたはずなのに。

ごめんなさい、分かっています。それでもあなたがこの選択をしたのは私よりあいつらが大事だったから。当然の判断です。どちらを失いたくないかなんて天秤にかけるまでもない。 私は失うどころか初めからあなたのものですらなかった。

私を傷付けるとき、優しいあなたの心は痛んだに違いない。でもそんなちっぽけな罪悪感は身勝手な慈悲で埋められる程度のものだった。それ以上にあいつらとの関係を壊さないことを望んだ。

教室の片隅からずっと見ていました。前の席で馬鹿騒ぎしているあなた達は気付いていなかったでしょうけど。

罵声を吐いて私を嘲笑ったあなたは偽物だった。だから期待した。あいつらはあなたの素顔を知らないんだって。私はそれを見ることを許された唯一の人間なんだって。それならばどんなに良かったでしょう。あなたを恨んだりはしなかった。

でも教室で見るあなたの笑顔は美しかった。笑うと出る涙袋も愛らしい八重歯も花が咲いたように眩しくて、そこに偽りなんて無かった。幸せだったんですよね、あいつらと過ごす時間が。あなたとあいつらの関係は私への敵対心ではなく友情で成り立っていた。かけがえのない友達を裏切ってまで赤の他人を救う義理なんてあるはずがない。

そんなことは分かっています。だからこそ憎かった。あなたに愛されるあいつらが。あなたにこの選択を強いたあいつらが。なぜ私を傷付けておきながら私の一番欲しいものを持っている?なぜ私じゃない?なぜあいつらが?私だって選ばれたかった。欲しかった。幸せな学校生活も愛するあなたもどうやったって手には入らない。


だったら全部ぶち壊すしかない。


ひとまずあなたの体操服がなぜこんな所にあるかを話す必要がありますね。朝早くに盗んで隠してしまいました。ごめんなさい。こうするしかなかったんです。

更衣室にガソリンを撒いておきました。もうとっくに揮発して気体になってます。臭いはしても着替えるだけならそんなに怪しまれはしないでしょう。

どういうことか分かりますか?着替えのために更衣室にあいつらが入ってきたとき、私はライターの火を点けます。大爆発で私もろとも肉片と化すことでしょう。腕っぷしには自信がないので包丁を振り回しても全員を仕留められるとは思えないし下手したら返り討ちです。これが一番手っ取り早かったんですよ。それ以外のクラスメイトが巻き添えになるかもしれませんが仕方ないですよね。仕方ないと言って私を見捨てたんだから。

体操服を隠したのはあなたを遅れさせて巻き込まないためです。きっとあいつらを先に行かせて一人で教室に残るとだろうと思ったので。あなただけは死なせるわけにはいかなかった。

勘違いしないでください、これは免罪符ではありません。私はあなたを救ったつもりなんてない。


これは私の遺書です。

私が死んだのはあなたのせいです。私の人生最大の不幸はあなたに出会ってしまったことです。今までどんな悪意でも堪えられたのにあなたがかけた小さな慈悲のせいで私は壊れてしまった。偽善なんて言葉は使いません

あなたの優しさは確かに本物で、それでいて私にとっては善なんかじゃなかったから。慈悲は弱い者に恵むものであって対等ではない。私の望む愛とは似て非なるもの。

あなたの優しさが痛かった。知ってしまったが最後、渇望して破滅する。そんなこともわからないほどにあなたは残酷でそれだけに愛おしい。

あなたを私のものにしたかった。

しかしそれは叶わない。

そこで私は考えた。

あなたのものになればいいんだと。

愛する人を自ら手にかければ永遠に自分のものにできるそうです。ならばあなたに殺された私は永遠にあなたのものですね。

私の人生最大の幸福はあなたに殺されたことです。最高のハッピーエンドだと思いませんか?いいえ、あなたにとっては終わりではありませんね。この世界でこれからも私と共に生き続けるのですから。

この手紙を読んで私のことをどう思ってくれようが結構です。あなたから向けられる感情はどんなものでも愛おしい。あなたの記憶から私が消えることは一生、いや永遠にないでしょう。

もう爆破音は聞こえましたか?ちょうど学校中が大騒ぎになっている頃でしょうか。この手紙を読んでくれているなら、その時私はこの世にいないでしょう。

それではお元気で。

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