蝦饅頭
安良巻祐介
あれはなんだったか、そう、確か、一面が朱色に染まった異様な縁日をいつの間にか歩いていて、やけに低いところに両肘をかけた老婆のやっている露店で、蝦饅頭というものを食ったのである。
それは名の通り茹で上げた蝦の体色に似た真っ赤な色合いをしていたが、口に入れると塩気もなく、むやみにもちもちとしているばかりで掴みどころがまるでない。いくら噛んでも形が変わらず、いつまでも口の中で転げ回っている。向きになって何とか細切れにしようと口を動かしていたら、だんだん顎が疲れて来て、涙も零れ出した。それを見た婆さんの言葉が、「ハア、シケイをニクヒモにしてごせ」。
なんのことだかわからないで目を白黒させているうちに、はっと気がついて、病院のベッドの上にいたのである。
バイクがガードレールに突っ込んでその先へ突き抜け、土塀に顔からめり込んだのであった。
まだ過去と現実との境界もはっきりしないで胡乱にしている耳へ、とにかく生きているのが奇跡だと言われた。朦朧ながらそれに応えようと口を動かすつもりが、噛んだ筈の顎にまるで感覚がない。
落ち付いてから医者に知らされたのは、衝撃で歯がばらばらになって口の中の肉とミックスされ、要するに顔は色々と駄目になってしまったということであった。
そう聞きながら脳裏に浮かんでいたのは、あの老婆の、紙をくしゃくしゃにしたような渋顔とも笑顔ともつかぬ顔だった。
その顔は、あの異様な朱色の世界の絵を背景にしたまま、その時からずっと頭の中で、皺だらけの手で、こちらへ向かって、蝦饅頭を差し出しているのである。
蝦饅頭 安良巻祐介 @aramaki88
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