第十一章
結晶士たちに緊急招集が掛かった。集められたのは、王宮の広間だ。並べられた席に、ハナたちも座る。
女王が入ってきた。
「みなさんに集まってもらったのは、ほかでもありません。『獣』の要求についてです。先刻、みなさん知ってのとおり、『獣』から開門の要求がありました。もちろん、我々はこの要求をのむわけにはいきません」
それはそうだろう。一度門を開いたが最後、大陸は『獣』の巣くつと化すだろう。人々は『獣』に食われ、大陸は血の海となる未来しか見えない。
「ここはアルデリア。北の最終防衛線です。みなさん、この砦を守ってくれますか?」
「はっ!」
結晶士たちの声が重なる。女王はうなずいた。
「戦略は追って士長からお伝えします。みなさん、決戦に備えて、調子を整えてください」
そうしてこの場は解散となった。
みんなに続いて出て行こうとしたハナだったが、女王に小さく手招きされる。ハナは人波から外れた。
女王に連れて来られたのは、王宮内の書庫だった。
机の上に積まれていた本の一冊を手に取り、女王はしおりの挟んであったページを開く。そしてハナに差し出してきた。
「文字は……読めないんでしたね。この絵を見てください」
女王が指差した先には、『獣』に囲まれる人の姿があった。
襲われているわけではない。ある人は耳が『獣』のようになっている。またある人は、上半身が『獣』、下半身は人間というように描かれている。
「これは……」
「新たな可能性が出てきました。『獣』はもともと人間だったのかもしれません」
ぞくりとした。
真のあの耳。あれは『獣』のものだった。女王の言うことが本当ならば――。
「これは古文書です。伝説の域を出ないとされてきた……。だけどハナ。今日要求をしてきたあの『獣』……。彼に見覚えはありますか?」
ハナは返事をすることができなかった。手が震える。
女王は『獣』がもともと人間だったと言った。今日目にした真の耳は、『獣』と同じものだった。それはつまり、真が『獣』になりかけているということだ。
答えられないハナに、女王は小さく息をついた。
「『獣』になるのはあの森に落ちた人間……。異世界から渡ってきた人間が、『獣』になるとここには書かれています。何度も言うように、これは伝承です。事実がどうかはまだ分からない。だけどハナ、彼があなたの知る人物ならば、ここに書かれていることが本当だという可能性が高くなります」
ハナはぎゅっと両手を握りしめた。指先が冷たくなってしまっている。
ごくりとつばを飲んだ。
「……図書館で、ある人の画集を見たんです」
サギリと一緒に言った国立図書館を思い出していた。
急に話を変えたハナを、女王は黙って見つめる。
「それはわたしと同じ世界から渡ってきた人が描いたもののようでした。教えてください、女王様。わたしやその画家は、こうして人間のままでいます。どうして真くんや、他の人は『獣』になってしまったんでしょうか」
異世界から渡ってくるのが、変化の条件ではない。ハナもきっと、『獣』になってしまう可能性はあった。
「これはわたくしの推測なのですが、あの森に関係があるような気がします。その画家もハナも、森ではなくこのアルデリアへとやって来た。それがきっと条件なのでしょう」
それならば真はこちらにやって来れば、人間に戻れるのだろうか。
「掃討作戦は実行します。ハナ、あなたは宿舎に待機してなさい」
「なぜですか!?」
そこまで分かっているならば、なぜ要求を受け入れないのか。『獣』は元の世界に帰りたいだけなのではないのだろうか。
「シン……、といいましたか。彼だけならばともかく、他の『獣』には人間の言葉が通じません。あれはもう、本能だけで動いている……。もう人間ではなくなってしまったものを、受け入れるわけにはいかないんですよ」
ハナはなにも言えなかった。
ハナも感じたではないか。『獣』のあの殺気を。
あれに言葉が通じるとは思えなかった。殺されかけたのだ。あの恐怖を忘れることなどできない。
だけど。
ぎゅっとこぶしを握ってうつむくハナを置いて、女王は出て行ってしまった。
決戦は三日後。
ハナはどうすればいいのか、答えは出なかった。
*
宿舎に戻ったハナは、サギリからどこにいたのか聞かれてもあいまいにしか答えられなかった。
様子のおかしいハナを気づかってくれたらしい。サギリはそれ以上、問い詰めてはこなかった。その優しさが、今はありがたかった。
その夜、ハナはバルコニーでばんやりと夜空を見上げていた。
異世界といえども、夜空は同じらしい。星がまたたいていて、ハナの町よりきれいに見えるかもしれない。
「ハナ」
サギリだった。ハナのカーディガンを手にしている。
「寒くない? 今夜は冷えるでしょ?」
「ありがとう」
カーディガンを羽織ると、サギリが隣に並んだ。
黙ってまま、二人で星空を見上げる。
「聞いたよ。『獣』のこと」
ハナはサギリのほうを振り返りかけるが、顔を見ることはできなかった。
そのまま視線を落とす。
「びっくりした。まさかそんなことがあるなんて。シンの耳も『獣』だったもんね」
「真くんは『獣』じゃない!」
自分でも思った以上の大声が出て、ハナは驚いた。あわてて口を押さえるが、もう遅い。
サギリも驚いた顔で、ハナを見ている。
「ごめん……」
「ううん、あたしも言い方が悪かった。……うん、あたしもシンが『獣』だなんて、思えないよ」
そう言ってもらえて、ハナは救われた思いだった。
女王の口振りでは、真はもう『獣』だと認識されていた。このままいけば、真も掃討作戦のときに、殺されてしまうのだろう。
「わたし……やだよ……。真くんが殺されるなんて、考えたくもない……」
ハナの両目からは、涙が零れ出していた。
なにか方法がないのだろうか。真はまだ人間としての知性を残していた。
真だけ助けるというのは、卑怯なのかもしれない。『獣』も元は人間だ。彼ら全てを助けることができるのなら、そのほうがいい。
サギリがハナを抱き寄せた。背中をぽんぽん叩いてくれる手が優しい。
ハナの涙は止まらなくなってしまい、サギリの肩口を濡らした。
「シンにはまだ言葉が通じていた。なんとかできるんじゃないかな。……ううん、なんとかしよう」
サギリの言葉が頼もしかった。
どうにかできると決まったわけではない。方法も分からないのだ。
それでも、なにかする前から諦めたくはない。
ハナは涙を拭いて、夜空を見上げる。この星空を真もみているのだろうか。
星に願っても、叶わないのかもしれない。それでもハナは、祈らずにはいられなかった。
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