第八章

 無事に戦闘を終えて、ハナたちは宿舎へと戻っていた。非番だったことを考えて、明日の午前中は休みになったらしい。

 談話室に四人は集まる。

「本当にそのシンっていう幼馴染だったの? 見間違いじゃなくて?」

「そう言われると自信がないけど……。でも、同じ顔だったと思う」

 会わなかったのは数日だ。その間にずいぶん印象が変わってしまったとは思う。

 ハナに冷たかったのは事実だ。話しかけることもできずにいたくらいだ。

 でもあれは冷たいのとはまた違う。あれはまるで、『獣』のようだ。『獣』と同じような殺気をまとっていた。

「でも遠かったし、他人の空似ってやつかも」

「でもさ、『獣』の中に人間がいるって結構重大なことじゃない? 今までこんなことなかったよね?」

 アルペングローとジウはうなずいた。

 やはり『獣』は狼のような姿のものばかりらしい。あれが真じゃないにしても、問題であることには変わりない。

「とりあえず、女王様に報告はしてあるから、謁見できる日を待とう」

 アルペングローの言葉に、サギリとジウはうなずいた。

 いったいどうなってしまうのだろう。ハナは気が気ではなかった。


 次の日。

 意外にも謁見はすぐに叶い、リアン先生の指導を受けていたハナは、昼過ぎに呼び出された。

 そのままサギリたちとお城へと向かう。謁見の間で待っていると、女王が現れた。

「アルペングロー班の報告は聞いています。わたくしからも、ハナにお話ししなければならないことがありました」

 そう言って女王は目配せすると、臣下が古い本を女王に差し出した。元はきれいであっただろう赤い表紙はくすんでいて、金の文字が並んでいる。

「これはお城の書庫にあったものです。『獣』に関する伝承が書かれています」

 ハナたちは息をのんだ。

 王家に伝わっているものはあったのだ。報告したこととの関連性はあるのか、ハナの心が逸る。

「遠い昔、この地には異世界から人間が渡ってくることがあったそうです。そのために必要だったものが、結晶をかたどった鏡。それを使えば自由にこちらとあちらを行き来できたのです」

 思いもよらない内容に、ハナは目を見開いた。

 では、それがあれば帰れるのだ。

「その鏡は、どこにあるんですか?」

 ハナが問うと、女王は悲しそうに目を伏せて首を横に振った。

「奪われてしまったのです。『獣』に」

 なんということだろうか。希望が湧いたと思ったら、また潰えてしまった。

 女王は続ける。

「鏡だけでは異世界へ渡ることはできません。磁場が必要です。鏡を王宮、この場所で使うことによって、その力を発揮したといいます。『獣』が人間を狙うのは、食らうためだけではないのかもしれません」

 その伝承が正しいならば、『獣』が鏡を持っていることは危険だ。もしお城の中へと入り込まれて、鏡を使われてしまったら、あちらの世界に『獣』が溢れることになる。

 それに、この砦が破られてしまったら、この世界だって無事ではない。

「ハナの知人に似た人物がいたということも、引き続き調査をしていきます。『獣』に味方する人間がいるのか、もしくは人型の『獣』なのか……。憶測の域を出ませんが、なんにせよ、由々しき事態です」

 女王との謁見は、それで終わってしまった。


 ハナたちはセントラル広場前のカフェへと場所を移した。

「結局、あの人のことは分からずじまいだったね」

「うん……」

 ハナはホットショコラに目を落とし、生返事をする。

 帰る方法が見つかったのは、喜ばしいことだ。ただそれが困難なことなだけで。

 それに真によく似た人物のことは、解決していない。考えれば考えるほど、あれは真本人だったのではないかと思ってしまう。

 こちらとあちらを結ぶ道はあったのだ。もしその鏡が機能していたとして、『獣』の中に真が落ちてしまったのだとしたら――。

「ハナ」

 呼び声とともに、手を握られた。はっと顔を上げると、ジウがハナの手に自分の手を重ねて、まっすぐに見つめている。

「考えすぎるの、ハナの悪いくせ」

「ジウ……」

 ぐるぐる考えすぎて、出口が見えなくなってしまっていた。

 結晶士としての力は発揮できない。帰る方法は難しい。真によく似た人物の正体は分からない。八方ふさがりだった。

「そうそう。考えるだけじゃなくて、動いてみる! それで解決することもあるかもしれないよ?」

「サギリの場合は考えなしに動きすぎだけどなー?」

「なんですってー!」

 軽口を叩くアルペングローに、サギリは詰め寄る。

 その様子を見て、ハナはなんだか気が抜けてしまった。

 やっぱりみんなの言うとおり、考えすぎだったのかもしれない。考えて答えが出たとしても、動かなければなにも始まらない。

「そうだね。帰る方法とか、その他のこととか……。道がなくなったわけじゃないんだもんね。みんな、ありがとう」

 そう言ってハナは、三人に笑いかけた。

 三人が驚いた顔をする。

「やーっと笑ったね」

「おまえ全然笑わないんだもん」

「うん」

 三人にそう返されて、今度はハナが驚く番だった。

 そういえば、ちゃんと笑ったのは久しぶりな気がする。

 このアルデリアに来て、驚きの連続だった。右も左も分からなくて、心休まるときがなかった。

「あたしたちは、ハナの味方だからね」

 これほど頼もしい仲間がいるだろうか。

 赤の他人だったハナを『獣』から助けてくれて、今の今まで一緒にいてくれる。

「うん!」

 ハナはみんなを守りたいと、心から願った。

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