第七章
アルデリアの北の城壁は、陸地の端から端まで続いている。十数キロメートルごとに門が設置してあって、その横の階段から城壁の上にのぼれるようになっている。
「うっわぁ……」
城壁の上にのぼったハナは、言葉をなくした。
眼下に広がるのは、一面の雪原である。そこには銀世界が広がっていた。
昼の日の光を浴びて、雪原はきらきらと輝いている。それでも溶ける様子がないのは、外の気温が相当低いからだろう。
「思ったよりも寒くないね」
「それはこの制服を着てるからだよー。街中はまだいいけど、ここまで来たら普通の格好じゃ凍え死んじゃうよ」
そういえばそう言われていたことを思い出した。この地に初めて来たとき、寒さで死んでしまうかと思ったのだ。
「ハナがいたのがあの辺り。あたし、ここから見てたんだよ。気づいたら女の子がいてびっくりしたよ」
サギリが指差したのは、遠くに見える森と城壁の中間地点くらいだった。
あのとき、サギリたちがいてくれて良かった。三人がいなかったら、ハナは死んでいたかもしれない。
「『獣』はあの森を抜けてやって来る……。城壁があるから、一応は大丈夫なんだけどね。万一のときのためにあたしたちがいるの。いつ門を破られるとも知れないからね」
サギリの目は、森のほうを向いていた。普段の明るさとは違う、強い意志を秘めたその瞳に、ハナはなにも言えなくなってしまう。
「……怖くないの?」
「怖いよ! だけどあたし、今の生活が気に入ってるからさ。それに、あたしたちががんばらなきゃ、めちゃくちゃになっちゃうのはアルデリアだけじゃない。大陸全部の安全が、あたしたちに掛かってるから」
きっぱりと言い放つサギリの目には、強い意志が宿っている。
どれほどの重圧が掛かっているのだろう。見たところ、ハナとそう変わらない年頃の少年少女だ。その彼らが大陸全部を守るなど、途方もないことのように思える。
ハナは掛ける言葉を持たず、三人と同じように森を見つめた。
「……『獣』はどこからやって来るんだろう」
「分からない。この先に行った人はいないからな」
この先になにがあるのか。『獣』はいったい何者なのか。
考えても分からないことばかりだ。
この雪原に落とされたことに、なにか意味はあるのだろうか。ハナは考えていた。
ここはきっと、あの絵の中なのだろう。どうしてハナがあの絵の中に吸い込まれたのかは分からない。
だけどこの地に落ちたことは、なにか意味があるような気がした。
そのときだった。視界になにかよぎったような気がして、ハナは目を凝らした。
「あれ、なんだろう……?」
「え? どれ?」
ハナは森の一点を指差す。
一見、静かな森だ。ただ、なにかを感じてハナは待った。
その森の気配がゆらりと動く。姿を現した銀のものは――。
「『獣』だ!」
アルペングローがかん高い指笛を鳴らした。
三人が駆け出す。
「ハナはここにいて!」
三人は外のロープを伝って、あっという間に城壁の外へと降りてしまった。『獣』に向かっていく姿を、ハナは見ていることしかできない。
恐ろしかった。こちらに向かってくるのは、『獣』の群れだ。あのときのように、三匹どころではない。
三匹でもあんなに恐ろしかったのだ。今は十匹以上いる。三人だけで勝てるのだろうか。
指笛を聞いてか、他の結晶士が駆けつけてきた。ハナはほっと胸を撫で下ろす。
だけどまだ油断はならない。『獣』の強さは圧倒的だ。勝てるのだろうか。
結晶士は優勢だった。星状六花と六角板の結晶が防ぎ、六角柱と針状の結晶が切る。その連携は見事なものだった。
これなら勝てそう、とハナが思ったときだった。
森の入り口に、なにかいる。
いや、『なにか』ではない。『誰か』だ。それは人の形をしていた。
ハナは自分の目が信じられなかった。どうして彼がここにいるのか。
そこにいたのは――。
「真、くん……?」
夕凪真。
ハナの幼馴染が、銀の毛皮をまとった姿でそこにいた。
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