第六章
「みんなー! 早く早くー!」
次の日の朝。街に出かけたハナたちは、賑わい始めている通りにいた。先を行くサギリが、手を振りながら呼んでいる。
「ったく……。あいつ、あんなに元気なら、今日は非番じゃなくて良かったんじゃないか?」
「アル! 聞こえてるよ!」
サギリの怒鳴り声に、アルペングローは首をすくませる。ジウはアルペングローの言葉を否定するように、首を振っていた。
ハナは石畳の通りを、サギリの元へと駆ける。
「でもサギリ、歩くの早いよー」
「ごめんごめん。久しぶりにハナと出かけられるかと思うと、足取りも速くなっちゃった」
ハナはサギリの手をぎゅっと握る。こうすれば並んで歩けるだろう。
ジウがアルペングローをじっと見つめていた。
「なんだぁ? 俺は繋がないぞ!? そうしなくても普通に歩けるだろ?」
そういう意味じゃなかったのだが、ジウは横に首を振るばかりだった。
ローレンさんの店は、あいかわらず布で散らかっていた。これでお客さんが途絶えないのは、ひとえにローレンさんの腕のたまものだろう。
「ローレンさーん。まだー?」
「ちょっと待ちな。おとなしく待ってないと、あんたのボタン直してやんないよ」
「それは困る!」
試着室のカーテン越しに会話をするサギリ。プラプラさせる右手のそでには、取れかけのボタンがあった。
試着室の中で、真新しい制服を着せられたハナはローレンさんに微調整をしてもらっていた。
「ハナの初めての戦闘服なんだ。最高のできにしてやりたいだろ?」
そでを通したときからドキドキしていた胸が、さらに高鳴ってきた。
本当に結晶士になるんだ。
「さ、できたよ」
ローレンさんがカーテンを開ける。
「おぉ!」
サギリたちの声が上がる。
ハナの制服は、ワンピースタイプのものだった。Aラインのワンピースは膝上五センチで、全体的に銀の花の刺しゅうが入っている。
そしてハナのものは、パンツではなく赤銅色のレギンスだ。光沢のある素材が足首までを覆っている。
靴は膝下までのロングブーツで、白地に黒のひもで編み上げられている。
「かわいー! さすがローレンさん。ハナにぴったりだね」
「当たり前さ。誰が作ったと思ってるんだい?」
「ローレンさんです!」
楽しそうに声を上げるサギリ。ハナは鏡の前で何度も振り返ってみる。
「なかなかいいじゃん。なぁ? ジウ」
ジウはそれには答えず、すっとハナの前に立った。
じっと見下ろされて、ハナは落ち着かない。
「ハナ、かわいい」
言われた瞬間、ハナの顔がぼんっと赤くなった。
普段まったく口を開かないジウだ。ここぞというときに爆弾発言をされると、たまったものではない。心の準備をさせてほしい。
「ほんっとジウは、ハナのことになるとよくしゃべるわねー」
「この数日で一年分くらいしゃべってるんじゃないか?」
いまだジウに見つめられているハナは、それどころではない。真っ赤になって、顔を上げられずにいる。
「青春だねぇ」
ローレンさんのしみじみとした声も、今のハナには反応する余裕などあるはずもなかった。
*
真新しい制服を着て向かったのは、街の中心部である。
「あっちが図書館で、そのおとなりがあたしオススメのケーキ屋さん。ミルクレープがすっごくおいしいんだよ! そしてそこの郵便局は窓口に持ってくとかわいい切手を貼ってくれるんだよー。ポストカードも売ってるよ。あっでもあっちの雑貨屋さんのほうが……」
「サギリ、ペースが早すぎだ。ハナが混乱してる」
サギリの案内は、嵐のようだった。いろんなものを見せられて、ハナは頭がパンクしそうだ。
「ごめんごめん。ついいろんなものを見てほしくって。ちょっとそこの公園で休けいしよっか」
サギリの指差した先には、木々の多い茂る公園があった。
四人が立ち寄ったセントラルパークは、アルデリアで一番大きな公園だ。アスレチックがある広場では、子どもたちが大勢遊んでいる。ベンチのあるエリアには、屋台が出ていた。
ハナたちはそこでクレープを買って、ベンチに並んで座った。
焼きたてのクレープは手の平の中で暖かく、ほわりと香るかおりに食欲がそそられる。
一口かぶりついてみると、生クリームの甘さにほっぺたが落ちそうだった。イチゴとの相性がとても良い。
ハナはあっという間に食べてしまった。
「それにしても、アルデリアは大きな国だねぇ」
「最果ての砦だからね。北の城壁はすごいよー。どこまでも続いてて、先が見えないくらいだもん」
あの雪原に、延々と城壁が続いているのだろうか。ここに来たときは気を失っていて見ることは叶わなかったが、想像した風景にハナはほうっとため息をついた。
「じゃあ今から行ってみる?」
「え?」
サギリの提案に、ハナは素っとん狂な声を上げた。
「そうだ、そうしようよ! まだ時間はあるんだし!」
「おいサギリ。今から行ったら今日の当番のやつらに迷惑になるだろ」
「だーかーらー、城壁の上から見るだけ! あそこからならじゃまにならないでしょ?」
「まぁそうだけど……」
「じゃあ決まり!」
サギリは勢いよく立ち上がると、クレープを包んでいた紙を丸めて放り投げた。投げた紙は、きれいな放物線を描いてごみ箱へと入る。
「横着するな、サギリ」
「いったーい! いいじゃんちょっとくらい!」
アルペングローに頭を小突かれて、サギリが不満そうな声を上げる。
この二人はいつもこんな感じだ。ふと頭に真の顔が浮かぶ。
真とハナも、むかしはこんな風だった。ケンカした次の日には、もう仲直りして遊んでいる。そんな風だった。いつから目も合わせられなくなったのだろう。
心配しているだろうか。アルデリアに来てから、もう何日も経った。向こうではどうなっているのだろうか。真の風邪は治っただろうか。
「ハナ、具合わるい?」
ジウの声にはっとした。気づくとジウが心配そうにハナの顔をのぞき込んでいた。
ハナは慌てて首を振る。
「ううん、大丈夫だよ。ごめんね、行こっか」
「ハナー! ジウー! 早くー!」
公園の入り口で、サギリとアルペングローが呼んでいた。
ジウがなにか言いたそうだったけれど、ハナはそれに気づかず駆けていった。
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