👟

 ボロ靴を引っ張るように足を踏み出す。

 はじめは走れるものかと思った。

 だが、不思議と走れた。

 違和感なく。

 不快感もなく。

 それどころか走り出してみると不思議な爽快感があった。


 そして何より、一人で走っているという気がしなかった。


 前に、後ろに、隣に。誰かが走っているように感じた。

 直後、目の前に……一人の男が走っているのが見えた。

 赤い靴を履き、誰よりも速く走る彼。


 俺は、彼に追いつきたくて必死に走った。


 息が切れる。

 胸が痛い。

 だが、ただ彼の背中を追い越すことだけを考えれば、苦しさが摩耗した。


 あと少し、もう少し――!

 男の背中に足は迫る。

 だが――!


「あっ――」


 靴底がちぎれ、転倒した瞬間俺は現実に戻った。


 それからしばらく、ぼんやりと座り込む。

 すると、じいさんがゆっくりと歩み寄って来た。


「どうだった?」

「変なものを、見た」


 顔を抑え、妙に昂った気持ちを静める。


「どれくらい、走っていた?」


 地に足がつかない。

 そんな気持ちの俺に、じいさんは答えた。


「2000mだ」

「え?」


 聞き返す俺に、今度は老人から質問が投げかけられる。


「お前さん。アイツを、抜かせたか?」


 俺は静かに首を振った。


「そうか……やっぱりなぁ」


 残念そうな、だが、納得したような声が聞こえる。


「やっぱ、速いな。世界は」


 そして、じいさんはまたゆっくりと歩き出した。

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追憶の2000 奈名瀬 @nanase-tomoya

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