👟

 何故頼みを聞く気になったのか。

 『昔は速く走れた』

 そうを口にしたじいさんに、遠い未来の自分でも重ねたのかもしれない。

 しかし――。


「じいさん、本当にこれで走れってか?」


 ――彼の頼みは、思ったよりも特殊だった。


 俺はじいさんのボロ靴を履きながらその場で足踏みをする。

 すると、彼は大真面目に頷いた。


「ああ。最後に、その靴を走らせてやりたくてな。ワシも、それで走るのを見たい」

「いやいや、こんなボロじゃ5分ともたねぇよ」


 嫌みなんかじゃなく、本当に5分ももたないと思った。

 しかし。


「もつさ」


 彼は、力強く言って返す。


「5分はもつ。必ずだ」

「どうだか」


 そして、俺は走り出した。

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