PHANTOM HEAVEN 【Episode:17】

〔17〕


 ログアウトし、ゴーグルを外す。ゆっくりと呼吸を整えながら上半身を起こすと、向かいのデスクに戻っていたリードと目が合う。


「お疲れ様でした」


 少し疲れを滲ませた彼に苦笑いが漏れる。きっと俺も同じようにくたびれた顔をしているだろう。


「色々、分かったぞ」

「ええ、僕も色々とお話ししたいことが」

「その前に、何か食おうぜ。腹に何も入っていないと、頭が回らなくなる」


 リードも今頃気づいたように、自分の腹に手をあてて「そういえば、お腹が減ってきました」と呟く。


「腹が減っては何とやらだ」

「あ、近くにお勧めのデリがありますよ。ニューヨーク出身の店主で、メニューにハズレなしですよ」

「いいね、そこにしよう」


 俺は上着を手に取り、リードもいそいそと立ち上がった。


 テイクアウトしたデリを休憩室のテーブルに広げ、俺達は捜査の報告をしあう。リードがフォークでお行儀よくビーンズサラダをつつきながら言う。


「……なるほど、美月さんは会員制の空間サイトにアクセスをしていたんですね」

「ああ、ネバーランドというらしい。そこの招待状があってな。IDとパスワードも隠して保管されていた」


 俺はリードに勧められた、辛みのあるソースを絡めたチキン……バッファローウィングにかぶりついて目を瞠る。


「なんだ、こりゃ……! 凄く、美味いな! ビールが欲しいぜ」

「飲酒は許可できませんが、お気持ちは分かります。店主のお祖母様の直伝のレシピらしいですよ。で、そのIDとパスワードは分かったんですか? あ、あと肉だけじゃなく、野菜も召し上がれ」

「あんたは俺のママかよ。IDなんかは、ユニコーンの置物の中にあった。暗号化されていたら面倒だったが、そこは子供の発想というか、単に隠されていただけだった」


 俺は仕方なく目の前に置かれた、ほうれん草のサラダを口に運びながら続ける。


「再度、アクセスしてみれば、そこはまさに広大な『子供の国』だった」

「……子供の国、ですか?」

「ああ、サーカスに公園、遊園地にゲームセンター、子供が喜びそうな施設が沢山あった」


 咄嗟に女児に擬態をし、中を巡ってみれば、そこは子供達だけがアクセスを許可される空間らしく、大人の姿は一切なかった。


「とはいえ、ただのネバーランドってわけでもなさそうだった」

「彼らは家庭内で『問題』を抱えていた?」


 俺は軽く頷きながら、水の入ったボトルを傾ける。薔薇園を見つけて向かえば、中ではティーパーティーが開催されていた。

 白いクロスが掛けられたテーブルには、ケーキやチョコレート、フルーツなどが並んでおり、そこには子供達がおり、何かを話していた。

 しかし、彼女達の様子から和気あいあいというよりは、通夜のような悲壮さが滲んでいた。咄嗟に小鳥に擬態をし、彼女達の話が聞こえる場所に移動する。


「そこで分かったのは、彼女達は全員、家族に問題を抱えていたってことだ。その問題も子供達によって深刻さはそれぞれだった。ママが産まれたばかりの弟ばかりを可愛がるって悩む子や、両親が毎晩、罵りあいの喧嘩ばかりで辛い、とかな」

「……そうでしたか」


 物憂げにリードが紙ナプキンで口元を拭い、傍らに置いてあったタブレット端末をこちらに差し出した。


「ケン君から預かったキーホルダーの中にあったデータです」

「予想以上に早かったな。圧を掛けた甲斐があったわけだ」


 こちらの軽口にリードが弱く笑みを浮かべてみせ、半ば覚悟しながらファイルを開く。中に入っていた映像ファイルを再生し、俺は思わず額に手をあてた。


「……クソッたれめ……」


 気が滅入って、強い酒を呷りたい気分だ。そう低く呟くと、リードも重々しく頷く。


「この件に関しては、慎重に調べた方がいいと思います」

「そうだな……まずは、カケルをはじめ、子供達の救出をしないとな」

「しかし、そのネバーランドから、どうやって超深海帯ヘイダルゾーンのファントム・ヘヴンに繋げるか、ですよね」


 胸の前で腕を組みながら「そこなんだよな」と低く唸る。暫し、互いに自らの思考に沈んでいたが、ふと思いついて身を乗り出す。


「一つ、作戦を思いついたんだが……」

「なんです、それは?」


 リードも興味津々と身を乗り出し、俺は片頬で笑ってやる。


「あんたの権限を最大限に利用する作戦だけど、いいか?」

「勿論ですよ。事件解決のためです。僕の持っている力なら、とことん使ってください」

「頼もしい上司様だな。じゃあ、一人、子供を作ってくれ」


 リードの整った顔が虚を衝かれたように驚きに染まる。少し間抜けに見えるその顔に、俺は小さく笑みを洩らす。


「できれば息子がいい。リアルで本当に存在しているように偽装の為に、色々と手を回してもらう必要がある」

「それはどういう意図で……?」

「俺の見立てだが、チルチルとミチルは、ネバーランドの子供達から選抜している可能性がある。そもそも、その為にあの空間を構築したのかもしれない。ルナとノアもあのネバーランドで出会ったと考えられる。彼らが深刻な問題を抱えている子供をピックアップし、スピリットとボディを切断しているとしたら?」


 ハッとしたようにリードが息を呑み、俺も頷き返す。


「すべてが繋がりますね。存在しないその子供を使って、チルチルとミチルをおびき出す、という事ですね?」

「彼らをおびき出すには、子供が必要になる。MEL空間では、俺がその子供に擬態をするが、チルチルとミチルは、選抜する子供の事を調べ上げる可能性が高い。俺はチルチルとミチルに素性がバレているから、親にはなれない」

「電犯の捜査官は避けた方がいいでしょうね。きっと警戒される」

「良好とはいえない家庭環境……まあ、いうなれば、外部の協力者が必要だよな」

「できれば、リアルの生活も退廃しているような人物の方が、真実味が増しますね」


 ふと俺達の視線が絡み、リードが困ったように眉を下げる。


「ええっと……もしかして、同じ人物が頭に浮かんでます?」

「あいつなら適役だよな?」


 ニヤリとしてみせると、リードも「申し訳ないですが、適任でしょうね」とつられたように短く笑った。

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