PHANTOM HEAVEN 【Episode:10】

〔10〕


「……真莉奈は、亡くなる直前に俺に『青い鳥』とメッセージを残していた。そして、最近、俺が関わった事件では必ずといっていいほど青い鳥が関係しているんだ」


 ボディとスピリットを切り離された少年、ルナとノアのボディとスピリットを切断するのを手伝い、電脳アイドルの事件もそうだ。IDを大量にロブった、あの女……葉月芽衣に、そんなスキルがあるとは思えない。

 俺の見立てでは、恐らく何らかの形で『青い鳥』が関係しているはずだ。

 そして、アナーキー☆セブンのメンバー、桐谷翔も『青い鳥』を追いかけたあげく、ボディとスピリットが切り離されてしまったのだ。


「あなたは、わたしが死ぬ直前に関わっていた仕事を知っている?」

「いや……きみのゴーグルはデータが全て削除されていたし、その他のパソコンなどからもそれらしい情報は、何も残っていなかった」

「……そう」


 彼女は噴水に視線をやりながら、口を噤む。ざあっ、と一陣の風が辺りを吹き抜け、真莉奈の艶やかな髪を揺らしていく。

 真莉奈がこちらに顔を向け、俺は何となく緊張しながら彼女の言葉を待った。


「わたしは、あの当時、WC2の開発事業に関わっていたの」

「WC2って、あの……? World Wide Cyberspace Consortiumのことか?」


 俺は息を呑んで、彼女を見つめる。WC2……ワールド・ワイド・サイバースペース・コンソーシアム……MEL空間の技術などを標準化したり、統括している団体だ。ゴーグルの生みの親が創設者だったと記憶しているが……


「ええ、そのWC2よ。といっても、わたしはあくまでも補佐的な立場だったけれども。ある開発に関わっていたの」


 そう彼女は自身を指差して悪戯っぽく笑みを浮かべてみせ、俺は頷き返す。


「青い鳥プロジェクトというものだったわ」


 青い鳥プロジェクト……俺は息を呑んで、彼女を見つめる。


「そのプロジェクトで、誰かの分身を造っていたのか」

「分身、というのは少し違うわね。外見のモデルとなる子供はいたけれども。わたし達は、ゼロの状態から、彼らの人格の形成や教育を施したの」


 電脳空間上に存在する、新たなヒューマノイドというわけか。とんでもない開発に関わっていたものだな……そう思わず呟きつつ、ある事に気付いて微かに眉根を寄せる。


「彼ら……? きみは、彼らと言ったな?」

「ええ。我々は兄妹の開発をしていたの」

「もしかして、その子達の名前は、チルチルとミチルか?」


 真莉奈は薄く笑みを浮かべて、ゆっくりと頷いてみせ、俺は思わず、両手で頬を擦りつつ吐息する。


「なるほどね。俺の首に賞金を掛けた人物の電脳ネームは、チルチルとミチルと名乗っていたらしい」

「おそらく、彼らの仕業でしょうね」

「彼らは何をしたがっているんだ? 青い鳥の謎を追うダイバー達を排除したいのか?」


 真莉奈は、口元に軽く握った手を当てた。彼女が何かを考える時によくやっていた癖に、妙な懐かしさを感じてしまう。


「チルチルとミチルの成長速度は、わたし達が思って以上に早かったの。彼らは電脳空間で様々な事を学び、どんどん成長していったわ」

「彼らは、自我が芽生えていたんだよな?」


 真莉奈は、微かに表情を曇らせてそっと吐息を漏らす。


「わたしは、プロジェクトを中止するように進言したわ。だけど、所詮わたしは外部のアドバイザーであって、当然、意見は無視されてしまったわ。だけど、チルチルとミチルをこのまま放っておけば、大変な事になるんじゃないかと、脅威を感じていたの」

「彼らは、開発者の手に負えないような暴走を始めたのか?」


 真莉奈が何か言い掛けた時、青く澄んでいた空が灰色に曇りはじめ、俺達は顔を見合わせる。俺は彼女の手を握りしめて立ち上がる。この空間に、何者かが入り込んできたようだ。

 真莉奈が構築コーディングしただけあって、ここは部外者がそう簡単に入り込めるような空間ではない。警戒しながら辺りに視線を走らせていると、真莉奈がそっとの腕を掴んだ。


「きっと、チルチルとミチルだわ」

「……そうか。ならば、とっ捕まえて、お仕置きにケツを引っ叩いてやらないとな」


 言いつつ、道具箱から攻撃アタック専用キットにアクセスしようとしていた俺を、真莉奈が制止する。目顔で問いかける俺に、彼女が淡く笑みを浮かべた。


「この空間は、すぐに彼らに破壊されるわ」

「分かってる。だからこそ、それを食い止めないと」


 そうこうしている内に、灰色だった空は、いつの間にか墨を流したように不気味に黒く変化している。おまけに、地鳴りのような音までしはじめている。

 真莉奈がつと、俺のこめかみに指を這わせた。


「あなたのスピリットに負荷が掛かるわ。だから、逃げて」

「駄目だ、この空間が破壊されたら、きみは……」


 言いかけたが、真莉奈がふいに俺の胴に抱きついてきたので、息を呑む。彼女は俺の背中に腕を回して、囁いた。


「わたしなら大丈夫。この空間がなくても、私の存在は消えないから」

「じゃあ、きみを俺の構築した空間に連れていく」


 ダイナー666のアドレスにアクセスしようとしたのと、公園の側のビルに亀裂が走ったのは同時だった。内部で爆発も起きたかのように轟音を立てて、ビルがあっけなく倒壊する。

 俺は咄嗟に彼女を庇う様にしながら、彼女の肩を掴む。


「一緒に行くぞ!」


 真莉奈はゆっくりと首を横に振り、つと背伸びして俺に口づけた。突然の事に目を丸くする俺に、真莉奈は俺の頬をそっと撫でながら囁く。


「わたしなら、大丈夫」

「真莉奈……そんな、どうして……」


 真莉奈が一歩、後退りしたその瞬間、地面にクレバスのような大きな亀裂が走る。


「真莉奈!」

「一緒に開発していた、針替君を訪ねてみて」

「針替って……あの男か……!?」


 真莉奈が頷いてみせ、彼女は柔らかく微笑みながら手を振った。


「わたし達は、きっとまた会えるわ」


 俺達を切り裂くように走る地面の亀裂を飛び越えて、彼女の元に向かおうとしたが、足元がふわりとおぼつかなくなる。一瞬の浮遊感の直後、地面は無くなっており、まるでブラックホールのような漆黒の空間に切り替わっていた。


「真莉奈ー!」


 漆黒の空間に落下しながら彼女を呼ぶが、俺の声は遠く、闇の中に呑み込まれていくばかりだった。


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