PHANTOM HEAVEN 【Episode:8】
〔8〕
寝ぼけ眼のウィリーを自分の部屋に帰し、俺はテーブルの上のメモリカードを見つめていた。
その隣にあるモバイルフォンを一瞥し、衝動的にウィスキーの瓶を掴んでグラスに注ぐ。そのまま、一気に呷ってから、深く息を吐く。
強いアルコールが咽喉を焼き、ようやく気分が落ち着いた気がして、俺はリードへと連絡をする。応答は意外にも早かった。
「リード、俺だ」
『ええ、分かっていますよ。もしや、何か進展がありましたか?』
「鳥籠から十字架を出すことができた」
『ほ、本当ですか!? 予想以上に早くて驚きましたよ……!』
いや、もっと早くに彼女の言葉を思い出していれば、青い鳥のヒントを得られたし、事態がこんなに最悪な事になるのだって食い止められたかもしれない。
俺はゆっくりと眉間を揉むようにしながら、苦く笑う。
「俺が彼女の死ときちんと向き合っていれば、良かったのかもな」
『……兎羽野さん』
「真莉奈が死んでから、俺ときたら彼女を失った悲しみに沈んでばかりで、肝心要の部分に思いが至らなかったんだ……元捜査官として失格だな」
『兎羽野さん……ご自身を責めないでください。大切な人を失う辛さは、そう簡単に癒されるものじゃありませんよ』
リードの言葉に、俺は「そうだな……」と頷く。
「ともかく、パズルリングを解いたら、メモリカードがあった」
『中は確認されましたか?』
俺はちらりとテーブルの上のメモリーカードに視線をやって頷く。
「ああ、MEL空間のアドレスが記載されているテキストファイルが一つだけあった」
『アクセスはしましたか?』
「いや、まだだ」
何となくリードが驚いた気配が伝わって来て、俺は自嘲気味に笑う。
「そんなに意外か?」
『いや……あなたの事なので、すぐさまダイヴしたかと……』
「妙に緊張しちまってな。こんなことは初めてだ」
『今すぐ、そちらに伺いましょうか』
「いや、一人でダイヴさせてほしい。通信はできるようにしておく」
リードが逡巡するように口を閉ざし、俺はグラスに残った酒を飲み干す。
『……分かりました。しかし、必ず僕と通信できるように。そして、何か身に危険を感じたら、すぐにログアウトをしてくださいね』
「ああ、分かった」
通話を切り、俺はゴーグルを手に取る。記載されている空間には、一体何があるのだろうか……俺はゴーグルを装着して、ゆっくりと呼吸を整える。
メモリーカードにあったアドレスにアクセスし、目の前が一瞬、光で覆われたように白くなった。
目の前に広がっていた空間に視線を巡らせて、感嘆の吐息を漏らす。
「ここは……彼女の
大聖堂のようなバロック様式の大広間には、彼女が手掛けたゴーグル等がガラスケースの中に展示されている。そして壁面に沿って並んでいる本棚には、膨大な量の蔵書が収められていた。それらは生前に彼女が得た知識そのものだろう。
大理石で出来た円柱にそっと触れ、人差し指が掛かれた案内標識らしきプレートに気付く。見事な大広間を眺めながら、俺は奥へと進んでいく。
大広間を抜け、重厚な彫刻が施されたドアを開けると、そこは薄く光の差し込む廊下だった。大広間とは違い、装飾もシンプルな静謐な空間に切り替わる。
シャンデリアの明かりが灯る、上等の絨毯が敷かれた廊下を歩いていると、微かな気配を感じて立ち止まる。
それと同時に、俺の前を瑠璃色に輝く翼を持った一羽の鳥が飛んできて、シャンデリアに留まる。
「……青い鳥」
瑠璃色の鳥はこちらに一瞬、小首を傾げるような仕草をした後、再び飛び立ち、少し離れたシャンデリアへと移動した。
「もしかして……案内してくれているのか?」
小さく呟くと鳥が返事をするように小さく鳴き、俺は導かれるようにそちらに向かう。暫く廊下を進んだ後、重厚な木製の扉が目の前に現れる。
気づけば鳥の姿は消えており、そっとアンティークな装飾が施されたドアノブに手を伸ばす。扉を開けた先に広がっていたのは、見覚えのある景色だった。
「ここは……」
懐かしさに思わず目を細める。石畳の路地に、テラスカフェや花屋などがある通り……近くには公園があって、二人でよく出掛けた場所だ。
驚いた事に、その空間には人や車が行き交っており、街として機能しているのだ。住人はbotに違いないが、流石、彼女が構築しただけあって完璧なものだった。自然と足がいつも彼女と過ごしたカフェへと向かう。
デートの待ち合わせ場所に向かうような微かな緊張と、心躍るような妙な気分を味わいながら、テラス席に視線を走らせる。
「……真莉奈……」
テーブルに頬杖をついて、通りを眺めている彼女に気付き、俺は少し離れたところから呆けたように見つめる。
彼女の口元には穏やかな笑みが浮かんでおり、ふいに目の前が滲んでいるのに気づく。
真莉奈……本当にきみとここで会えるなんて……
零れそうな涙を堪えて、俺は傍に設置されていたフラワーワゴンから、真莉奈が好きだったピンクのガーベラを一輪、手に取ると彼女の元へと向かう。
真莉奈のいるテーブルに辿りつき、俺はガーベラを差し出した。
「大分、待たせたか?」
彼女がこちらに気付き、微笑みながら俺を見上げた。
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