PHANTOM HEAVEN 【Episode:6】

〔6〕


 ログアウトしてゴーグルを外せば、足元にはケルベロスが瞳を赤く光らせながら控えており、その隣でウィリーもかしこまって正座していた。


「……お前は番犬かよ」


 ケルベロスの頭を撫でつつ、ウィリーに呆れて言えば「だって良い子に留守番してろって、兎羽野が言ったじゃんか」と不満げに口をへの字にする。


「そんな事より、どうなったの!?」

「もっと最悪な事になっちまった」


 リードが苦笑を浮かべながら、事の顛末をウィリーに話す。ウィリーは「うへえ……」と顔を顰めながら、ぶるりと身体を震わせる。


「あのスペルに目を付けられちゃったのかあ……俺っち、兎羽野の事、忘れないからね……」

「不吉な言い回しをするな! それに、目を付けられたのは俺じゃねえ!」


 腹が立ったので無駄口を叩くその口に、ベーグルサンドを押し込んでやる。もがもがと何やら不明瞭に言っていたが、すぐさま感動したように目を輝かせて、大人しく咀嚼しはじめる。


「MEL空間内に流れてしまった手配書ですが、何とか無効にできないでしょうか……」

「一度、MELに流れた情報は、そう簡単には消せないさ」

「しかし、このままでは、兎羽野さんの身に危険が及びますよ」


 リードが眉根を寄せ、俺は胸の前で腕を組みながら考えを巡らせる。


「俺の首に賞金が掛かっているほうが、シアンも他の奴が狩る前に出張ってくるかもしれないぞ」

「てっきり僕は、兎羽野さんの手配書をばら撒いたのは、シアンだと思っていたんですがね……」

「あの女は、自分の手で必ずやり遂げる性質だろう。俺の事より、問題は青い鳥だ。ピジョンがどれくらいの情報を持ってこられるか……」


 真莉奈が死んでから、ずっとMELで青い鳥やファントム・ヘヴンの事は収集し続けてはいるが、大した情報が掴めないのが現状だった。


「しかし……情報屋のピジョンならば、新たな何かを掴んでくるかもしれない……」

「兎羽野さん、お願いですから……命を無駄にするようなことはしないでくださいね」

「せっかくできた部下だもんな」


 茶化すように言うと、リードは真剣な面持ちでこちらを見つめ返す。俺はそっと吐息をつきながら、ソファの背もたれに寄りかかる。


「それは、あんたの過去の経験がそう言わせるのか……?」

「オートマタ化するきっかけとなった事件を言っているのなら、そうですね」


 都築・リード・創慈……帝都大学を卒業し、警察学校も主席で卒業。輝かしい出世街道を歩いていたが、爆弾テロに巻き込まれて、その身体はバラバラにふっ飛ばされた。一度は心臓が止まったが、身体の半分以上を機械化し、不死鳥の如く甦った。

 しかし、オートマタ化した後は、出世街道からは見事に外れてしまい、今は電犯の班長ではあるが部下もいない状態……要は、窓際となったわけだ。

 当初はオートマタ化したせいで窓際に追いやられたのかと思えば、どうも上層部の不正を暴こうとして、爆弾テロに巻き込まれたんじゃないか、なんてきな臭い説もあり……いずれにしても、真実は藪の中ってやつだ。


「……死にかけた奴に言われると、少し重いな」

「そうでしょう。あなたは、すぐに無茶をしようとしますから。それに、優秀な部下をそう易々と失う訳にはいきませんよ」


 いささかふんぞり返るように言うリードに苦く笑うと、大人しく咀嚼していたウィリーが「そういえばさあ……」と俺達を交互に見つめる。


「その……フォトフレーム、なんか起動して女の人が色々と喋ってたけど……」

「なんだと!?」


 俺が掴みかからんばかりに詰め寄り、ウィリーはぎょっとしたように目を丸くする。


「な、何て……音声は何て流れましたか!?」


 リードも同じようにウィリーへ身を乗り出し、奴はおどおどと目を泳がせつつ何度か頷く。


「え、えっと、何だっけ……音声が途切れてたし……」

「途切れてもいいから、彼女が何て言っていたかを思い出せ!」

「だったら、ボタンを押してみれば?」

「はあ!?」


 殺気立った顔でウィリーの胸倉を掴み掛かりそうになった俺に、ウィリーが真面目な面持ちで頷く。


「うんと……暇だったからさ、俺っち、修理しちゃったの……」


 緊迫した雰囲気を誤魔化すように、ウィリーがすきっ歯を覗かせ、下手くそな笑顔をつくってみせる。

 俺はリードと顔を見合わせ、ハッと我に返ってフォトフレームを手に取った。そっとボタンを押すと、真莉奈のホログラムが映し出される。


「忍、鳥籠から十字架を出して……それから、青い鳥を追いかけて」


 涼やかな彼女の声が流れ、俺は言葉を失ったまま真莉奈のホログラムを見つめる。


「ウィリー……お前ってやつは……」


 ぼんやりとしながら呟くと、ウィリーは少し警戒したようにこちらを見つめ返す。俺は構わずにウィリーの首に腕を回して、緑色のモヒカンを滅茶苦茶に撫でる。


「よくやった、ウィリー! お前ってやつは、最高だ!」

「ちょ、ちょっと……髪が、セットした髪が乱れるう……!」


 飼い犬を褒めるように撫で回すと、ウィリーが嬉しそうに「うひゃひゃひゃ」と笑い声を上げながら身を捩る。褒美だ、とテーブルに乗っていたベーグルサンドを差し出すと、瞳を輝かせてかぶりついた。

 俺とウィリーのやり取りを、少し可哀想なものを見るような目で見守っていたリードが「それにしても……」と小首を傾げて呟く。


「鳥籠から十字架を出す、とは何を示しているのでしょう?」


 首を傾げる彼に「心当たりなら、ある」と返す。


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