アナーキー☆セブン 【Episode:11】

〔11〕


「……そういうことか……!」


 思わず声を荒らげながら目を開けると、向かいのシート席に座っていたコンパスが俺の勢いに「のおわっ!?」と驚愕の声を上げる。コンパスの逞しい首に腕を回して、膝の上に座っていたAIウェイトレスのジーナも、パチパチと目を瞬かせている。


「……何をやってるんだ、コンパス」


 ジーナを膝に乗っけて、彼女といちゃついていたらしいコンパスが、肩を竦めてみせる。


「あのな、俺は、ちびっ子達とダイヴしたかと思えば、一人だけ残っちまったお前を心配して付き添ってやったんだぞ。話しかけても反応がねえし……」

「シャドウだ」

「やっぱりな! シャドウっていえば、ZENマスターしかできねえっていう、あの荒技だろ!? すげえな!」

「悪いな、急いでいるんだ」


 感心して身を乗り出すコンパスに、俺は軽く片手を挙げて急いでリアルへと戻る。


 やっぱり、現れやがったな……!

 ログアウトと同時に俺はゴーグルを首に下げながら、勢いよく立ち上がり、大股で後部座席へと向かう。


「……てめえ、やってくれるじゃねえか!」


 こちらに背を向けて佇む髪を青く染めたそいつの首に腕を回し、チョークスリーパーの要領で締め上げる。しかし、相手も慣れた様子で顎を引き、首に回していた俺の腕を掴み、顔面に拳を叩き込んでくる。避けきれずに一発、頬にくらって衝撃に呻き、絞めていた腕を解いて反射的に後ろに下がり距離を取る。

 ゆっくりとこちらを振り向いた人物は、黒いTシャツに迷彩柄のパンツ、ミリタリーブーツを身に付けている。半袖から覗く引き締まった両腕には、手首辺りまで髑髏や十字架などの、タトゥーがびっしりと施されていた。

 その背格好から青年かと思っていたが、相手はショートカットの女だった。女は、ゆっくりとゴーグルを外した。その整った顔と涼しげな瞳には殺気が浮かんでいた。


「やはり、スピリットは無傷だったか」

「リアルで会えて嬉しいぜ? 殺し屋のシアンさんよ」


 俺はいつでも殴りかかれるようにファイティングポーズを取り、ニヤリとしながら掛かってこいよ、と煽るように手を動かす。


「せっかくだ。拳で勝負しようぜ?」


 女がこちらに近付き、それと同時にバスがスピードを上げながら蛇行しはじめる。大きく揺れるバスにバランスを崩しそうになった隙をついて、女が両脇の座席を掴み、反動を付けて蹴りを入れてくる。俺は伸ばされた脚を掴み、思い切り引っ張り、こちらに引き寄せるようにする。

 すかさず切るような鋭い手刀が頸動脈を狙って飛んできたので、咄嗟に身体を反らして避け、女の腰元に装着していたガンホルダーから拳銃を抜く。

 反らした背中を真っ直ぐにしながら、俺は女のこめかみにベレッタの銃口を突き付ける。一方の殺し屋も俺の首筋にアーミーナイフらしきものをぴったりと当てていた。

 女が掴まれた脚を俺の太ももに回して引き寄せるようにしながら、獰猛な目つきのまま唇の端を持ち上げる。

 タンゴでも踊り出しそうな恰好のまま、互いに睨み合う。シアンがにやりとした。


「拳で勝負するんじゃないのか?」

「そんな事、言ったか? 最近、物忘れが激しくてな」


 眉をひょいとあげながら鼻で笑うと、女が俺の首筋に刃を一層強く当てる。


「ちょっとでも刃を動かしてみろ、お前の頭に鉛弾をくらわせてやる」

「……その前に爆発して、子供も死ぬぞ。いいのか?」

「なんだと?」

「あと三分でライドの爆弾が爆発する。ガキどもはMELで拘束されているぞ」


 クソッ……MEL空間にまた潜って子供たちをログアウトさせないと間に合わない……!

 こちらの一瞬の動揺を悟った女が素早く後ろに飛びのき、そのまま俺が釘打ちバットで割った窓から外へとジャンプする。女は対向車線から走ってきた乗用車のルーフに着地し、その姿は遠のいていった。

 直後、後方から装甲車が近づいて来てバスと並走するようになり、俺は窓を開ける。装甲車の助手席の窓も開き、リードが身を乗り出すようにして叫んだ。


「兎羽野さん! 爆発はしません!」

「なんだと!?」

「スマイリーボンバーの元にあった起爆スイッチは無効化されていたんです!」


 俺は急いでライドに括りつけられた爆発物を確認する。カウントダウンをしていたらしい数字は止まっており、リードの言うように爆発の危機は逃れたらしい。

 俺は動かなくなったライドの足が乗ったブレーキペダルを手で押し、バスを停車させる。


「……あの女……ハッタリをかましやがったな……」


 俺は忌々しさに低く呟きながら、バスのスィングドアを開ける。リードを先頭に武装した爆発物処理班が乗り込んでくる。


「兎羽野さん! 大丈夫ですか!?」

「ああ、俺は平気だ。それより、あの子達がMEL空間で拘束されているらしい」

「……ええ!?」

「大丈夫だ。俺が連れて帰る」

「あっ、その前に移動を……」


 俺は近くの椅子に腰を下ろしゴーグルを装着する。リードが何か言っていたが、それを無視して、再びダイナー666に向けてダイヴする。





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