アナーキー☆セブン 【Episode:10】

〔10〕


 撃てども撃てども、きりがない騎士どもを片付け、俺とケンはほぼ同時にメリーゴーランド傍に到着する。ケンがフェイスマスクを取り、ニヤリとしてみせる。


「俺が先だったよな?」

「いや、タッチの差で俺だろ」


 そう武装を解除しながら言うと、ケンがぎょっとする。


「おい、なんで丸腰になるんだよ」

「あの化け物のCSS空間裏側に回るからだ」

「はあ!? 嘘だろ? オッサン、そんなこと、出来んの!?」

「嘘じゃないさ。お前は、そのまま騎士どもを片付けてくれ。あの化け物が動く可能性もあるから、気を付けろ」


 そう道具箱からバズーカ砲や手榴弾をいくつかケンに放り投げ、俺は地面に着地し、そっと手を這わせる。

経験上、この辺りからCSS空間に潜り込めるはずだが……


「よし……あったぞ」


 プログラムの隙間を探り、俺は道具箱から専用のナイフを取り出し、自分を中心に大きく円を描く。空間に切れ目が入り、ぽっかりと黒い穴が空く。二手に分かれた俺達に気付いたのか、騎士を乗せた馬がこちらに突進してきた。

 穴の中に身体を滑り込ませながら、ケンを見上げれば、ドラムマガジンがセットされたサブマシンガンを撃っている。あの調子なら任せておいても大丈夫だろう。俺は、CSS空間に向かってダイヴする。

 漆黒の中にコードだけが浮かび上がる空間を眺めながら、道具箱からウィルスのアンプルと特殊ガンを取り出す。ウィルス入りの特殊弾丸を、リボルバーに装填する。そして、head部分に向けて銃口を向けた。


「くたばれ、化け物」


 引き金を引き、特殊弾丸がhead部分に浮かんでいたコードに命中する。弾丸が喰い込んだ箇所から、みるみるうちに蜘蛛の巣状にヒビが入り、浮かんでいたコードに氷が張っていく。

 一時停止のためのウィルスが効いてきたのを確認し、俺はケンがいる空間へと向かった。

 戻ってきた俺に気付いたケンが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をこちらに向けた。

 ケンの周りを取り囲んでいた騎士はもとより、メリーゴーランドも氷の中に閉じ込められて凍結している。


「なんだこれ、すげえな……いったい、どうなってんの?」

「プログラムの動きを停めるウィルスを撃ち込んだ。まぁ、一時的なものだがな」

「すげえな、やるじゃん! オッサン」


 数百ピクセル先から、シェルターを解除した三人が駆け寄ってくる。マナブが、瞳を輝かせながら体当たりするように、俺に抱き着いてきた。


「ケン、兎羽野さん! 凄かったですね!」

「二人とも、無事で良かったわ!」


 わあっと興奮した子供たちに囲まれて、俺は狼狽しつつ「落ち着いてくれ」と何とか返す。氷漬けになったメリーゴーランドを見やれば、その先に新たなゲートが開かれているのに気づく。


「時間がない。行くぞ」


 次も奇妙な化け物じみたものがいるかと思えば、そこは白を基調にした静謐な空間だった。どうやら侵入者対策の空間ではなくなったらしい。

 空間の真ん中には、円柱形の機械が置かれている。手をかざすと、掌紋スキャンとパスワードを入力するためのタッチパネルが起動する。


「おそらく空間の管理者か、本店の責任者の掌紋がないと無理だな」

「どっちもあるとしたら?」


 振り返った先には、スーツ姿の中年男が立っており、俺は反射的に後退りする。男は悪戯っぽくウィンクをしてみせた。


「わたしよ、ナギサ」

「……きみは、アナーキーセブンの擬態担当ってことか?」


 ナギサは「ふふっ」と大人っぽく笑みを浮かべて、グラマーな成人女性に擬態する。グラマーな体型を際立てるような赤いタイトなワンピースを身に付け、艶やかな笑みを浮かべてみせる。

 電脳バーで一杯やっている時に隣に座られたら、擬態と見抜けずに思わず口説いてしまいそうだ。


「演技するのは得意なの」

「ナギサのママは、女優さんなの。ほら、白百合薫って有名な……」


 ユナの言葉に俺は「ああ!」と思わず大きく頷いた。あの、昼メロで不倫相手にナイフを振りかざしたり、B級ホラー映画でやたらと「きゃあきゃあ」悲鳴を上げているあの、白百合薫ね!

 基本的に悲鳴を上げている役が多い気がするので、勝手にスクリームクィーンと呼んでいるのだが、よくよく見れば、ナギサも白百合薫に似ている事に今さら気づいた。


「なるほどね。そりゃ、擬態も上手いわけだ」

「この格好で、近づいて色々と収集したってわけ。で、その結果がこれよ」


 そう、ナギサが先程の中年男に擬態をする。もしかして、この男がこの金庫のシステム管理者で、ユナを苛めていた奴の父親ってことか……そうケンに訊けば、彼はニヤリしてみせる。


「あいつの親父、ナギサに話しかけられただけで、鼻の下を伸ばしちゃってさ。傑作だったぜ? 簡単にパスワードと掌紋情報をロブれたんだ」

「……おいおい」


 俺は「世も末だな……」と片手で額を覆い、ナギサを真っ直ぐ見つめる。


「ナギサ、今回に関しては、よくやったと言うしかないが……頼むから、悪戯に大人の男を惑わすようなことは、やめてくれ。きみらが思っているより、大人は悪知恵も働くし、欲望に目が眩んだ男は暴走することもあるんだ。きみのスピリットの為にも、約束してくれ」


 真面目な顔で言う俺に、ナギサの目が大きく見開かれ、少し狼狽するように視線を彷徨わせたあと、こっくりと神妙に頷いてみせた。


「……分かった」


 彼女の素直さに安堵しながら、気をとりなおして、ナギサの肩に手を置く。


「さて、それじゃ……ナギサ、きみのお手並みを拝見させてくれ」


 ナギサが掌紋スキャンをし、パスワードを入力する。刹那『ロックを解除します』という機械的なアナウンスと共に、目の前の空間に切れ込みが入った。

 目の前のコインやイェン、証券などが積み上がっている光景に、俺達は瞬時、呆けたようにそれを見つめてしまった。


「……とうとう、やったな」


 俺がぼんやりと呟くと、子供達もハッとしたようになり、次の瞬間、歓声を上げながら飛び跳ねはじめる。腕時計を確認すれば、ダイヴを開始し、四十分が過ぎた頃だった。

 まだ時間は残っている。とりあえず、一旦、リードに通信をして……そこまで考えて、はしゃぐ四人に顔を向けたのと、腹のあたりに衝撃が走ったのは同時だった。

 違和感に胃の辺りをみやれば、じわりと赤黒く染みが広がり始めている。クソッ……撃たれたのか……

 どこか他人事のように考えながら、肩越しに見やった先には、悪魔の角を生やしたフルフェイス型のマスクを被った女がいた。

 ルナ達の庭にアタックしてきた、あのアサシンダイバーだ……


「クソッたれ……」


 これは致命傷だ。俺はがっくりと膝をつく。ナギサとユナが悲鳴を上げ、ケンがこちらに駆け寄る。


「オッサン……!」


 倒れて朦朧とすると俺に、ケンが「嘘だろ……こんなの、聞いてねえよ……」と泣きそうな顔をして囁く。片頬を上げて笑みを浮かべると、ケンがハッと息を呑み、俺の身体は粒子になり光を放ちながら、空間から霧散した。

 遠くで子供たちの悲鳴じみた叫び声が聞こえた気がした。


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