アナーキー☆セブン 【Episode:2】
〔2〕
「まったく……なんで、こんなもんが一万イェン近くもするんだ?」
百貨店の出入り口に常駐するAIドアマンに頭を下げられながら外に出て、思わず独り言ちてしまう。手に持っているのは、有名ブランドのロゴが入った小さな紙袋だ。電脳アイドルの消失事件の捜査中に、ゴーグルの強制終了を余儀なくされ、鼻血を出した俺はリードからハンカチを借りたのだ。
汚してしまったハンカチは譲り受ける事になり、さりげなく入っていたブランドのロゴマークを頼りに、同じものを買って返そうとしたのだが……
「まったく、これだからエリート野郎は困るんだ。こんなもん、ただの布きれじゃねえか……」
俺はうんざりと紙袋を鞄の中に押し込む。一万イェンあったら、俺なら上等の天然物ウィスキーを買うか、行きつけのバーでしこたま飲むね。そう心のなかで呟き、腕時計を見やれば十一時を少し過ぎた頃で、午後の講義にはまだ間がある。
もう一つの用事も済ませておいてもいいだろう。ここから徒歩で数分の国営の博物館などが集まる公園へと向かう。樹々で囲まれた公園にある自然博物館に向かい、目についたベンチに座る。ポケットから先程、リードに支給されたモバイルフォンのロックを解除し、液晶画面を操作する。
「データベースにアクセスできるってのは、便利だな」
俺は前科者リストにアクセスをし、目当ての名前を入力する。画面に映し出されたのは眼鏡を掛けた神経質な印象を与える男だった。高校生の頃に電犯に検挙されている。MELで他人のゴーグルの情報をウィルスを使用して、盗難しようとしたらしい。未成年でもあり、未遂で初犯だったので、書類送検されたってわけか。
「……しかし、そんな男が先生ってのは、いただけねえな」
国営自然博物館は、校外学習で訪れている制服姿の小学生達が多くいた。絶滅した動物や鳥が住む森が3D映像で投影されたスペースで、目当ての人物を見つけ出す。
男は小学生達に囲まれて、樹の枝で囀る鳥の説明をしていたが、生徒達が他の場所へと離れていったタイミングを見計らって近づく。
「
鳥飼がこちらを振り返き、俺は首にぶら下げていた警察バッジを提示する。俺が電犯の捜査官だと分かり、目を瞠った鳥飼に、皮肉っぽく片頬を上げてみせる。
「……俺がどうして、あんたに会いに来たか分かるか?」
「い、いえ……どうしてですか?」
被疑者っていうのは、だいたい捜査官が自分の前に現れると、すっとぼけてみせるもんだが、目の前の鳥飼は、ただ困惑の面持ちで俺を見つめ返している。違和感を覚えつつ、俺は思わず目を眇める。
「あんた、俺が
「……ええ?」
その様子に、俺はいよいよ訝りながら思わず胸の前で腕を組む。
「一週間前に一度、俺が構築した非公開の空間に侵入し、その時は逃げおおせたが、つい昨日にまた侵入しようとして、弾き返されたはずだ」
二度目に俺が構築した聖堂に侵入しようとした際に、ドアノブにトラップを仕掛けておいたのだ。ノブに触れた瞬間に、バチン! えげつない強制終了させ、おまけに相手の情報をタッチするというものだ。
しかし、相手も中々のダイバーらしく、タッチできたのは、ほんの一握りの情報のみだった。
「いえ、わたしは……誰かの構築した空間に侵入だなんて……そんなことはしていないです」
「だが、あんたのゴーグルのGPアドレスが履歴として、引っかかったぞ。それに、昔に書類送検されているのよな?」
「高校生の頃にしてしまったことは、やってはいけないことだと反省しています。しかし、わたしは他人の非公開空間にアクセスなんてしませんよ」
その瞳の力強さに、俺は目の前の男が嘘をついているわけではないと確信した。しかし、だとしたら何故、この男のゴーグルのアドレスがタッチできたというのだ?
「……鳥飼さん、あんた……ゴーグルを使う機会はあるか?」
「いえ、家にありますが、学校の仕事が忙しくてほとんど使う事はありません。ですが……」
「だけど、なんだ?」
「学校の授業でゴーグルは教材として使っています。生徒に空間構築の授業があるので、教室に置いてありますよ」
プラチナ地区にある私立学校だけあって、空間構築の授業があるらしい。しかも、鳥飼の担当は小学校三年生だ。こんなに早くからゴーグルを弄らせているとは……
鳥飼の態度から彼が嘘をついているとは思えず、俺は思わず頭を掻く。この様子だと、第三者が鳥飼のゴーグルを経由して、侵入してきた可能性が高い。
「じゃあ『アナーキーセブン』という言葉に覚えはあるか?」
侵入者をタッチした際の情報を探っていたら「アナーキーセブン」という単語が出てきたのだ。鳥飼は記憶を辿るように視線を彷徨わせたが、ゆっくりと首を横に振った。
「いえ……ないです」
「鳥飼先生」
その時、鳥飼の元に二人の小学生の女の子がやってきて、困ったように彼を見上げる。
「先生ー、バスに入れなくなっちゃった」
「どういうことだい? 運転手のライドは作動しているんだろう?」
「うん、でも開けてくれなくて……中に、蓮沼君とかがいるのに……」
「運転手のライドというのは、AIか?」
「え、ええ……運転専用のアンドロイドですよ」
妙に嫌な予感がして、俺は彼女達と目を合わせるように片膝をついた。
「運転手のライドの様子がおかしくて、中にお友達が閉じ込められているんだね?」
女の子達は、こっくりと頷いてみせ、俺は鳥飼に言う。
「バスは建物裏の駐車場に停めてあるんだな?」
「え、ええ……」
とてつもなく嫌な予感に突き動かされながら、俺は駐車場に向かって走る。駐車場に出ると、人のざわつくような声が聞こえてきた。
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