あるアイドルの死 【Final episode】
〔11〕
その後、警視庁で調書などの書類作成を命じられたり、電脳犯罪対策部のお偉いさんからも事情を聞かれ、家に戻ってこられた頃には、すっかり夜も更けていた。
気分は数年履き続けてくたびれた靴下のように萎びて、くたくただった。玄関のロックを解除しようとしたのと同時に、二つ隣の部屋のドアが開いた。
ひょっこりとドアから顔を覗かせたのはウィリーで、俺は呆れながらも苦笑する。
「お前ってさ、本当に俺のストーカーだよな……」
するとウィリーは「てっへへ」とすきっ歯を見せて笑ってみせて、褒めてねえよ、と脱力しながら言う。
「そういえば、ゴーグルを強制終了しちまったけど、大丈夫だったか?」
「ああ、うん。なんかウィルス経由の強制終了だったから、目が回ったりしたけど、もう平気だよ」
「そうか、悪かったな。巨大ララベルに取り込まれたら、ボディとスピリットに影響が出るかもしれないから、ウィルスを使っちまった」
「分かってるって。で、ララベルちゃんとかはどうなったの?」
「電犯の専門部署が巨大ララベルを解体しているところだ。なんせ
しょげ返るかと思ったウィリーは、意外にもあっさりと頷いてみせる。
「いいよ、電脳アイドルは一人じゃないしさ、またキットを買ってもいいし。あのデカいララベルちゃんを見たせいか、しばらくララベルちゃんのプロデュースはしたくないかも」
「そうか……その、なんだ……家で一杯どうだ?」
「えっ!? ケミカルジュース?」
途端にウィリーの顔が輝き、俺は思わず呆れながら言う。
「酒だよ。ウィスキーなんてどうだ? 貴重な天然物だぞ?」
「えー、俺っち、天然物より合成酒の方が好きなんだけどなあ」
「まだまだ、ガキだな。大人なら天然物の酒を嗜むもんだぞ?」
ウィリーが飛び跳ねるようにしながら、こちらにやってきて「兎羽野ってば、オールドタイプだよなあ」などとのたまう。
ニュージェネレーションめ、皮肉交じりに言い返しながら、ドアを開けると玄関で待機していたケルベロスがこちらに気付いて尻尾を振りながら立ち上がる。
しかし、警戒対象者のウィリーに気付いてその瞳が赤く光ったのと、ウィリーが「よーしよしよし」とケルベロスを撫でようとしたのは同時だった。俺が制するより早く、ケルベロスが唸り声を上げて噛みつかんと飛びかかった。
うひゃああ、とウィリーがケルベロスに体当たりされてひっくり返る。
「ウィリー、お前は、学習能力ってやつをMELに置いてきちまったんじゃないのか……?」
「ひぃやあ、いいから、ケルちゃんをどかしてよお!」
情けない声を上げるウィリーに思わず吹き出しながら、俺はケルベロスに「ステイ」と命じる。
数時間後。
ウィリーは、すっかり酔いつぶれてソファーの上で大の字になって鼾をかいていた。俺は苦く笑いながら、ウィリーにブランケットを掛けてやる。
向かいのソファーに腰を下ろし、俺はゴーグルを手に取る。強めの酒で誤魔化しても眠れそうになく、ゴーグルを装着して、ゆっくりと身体を横たえる。
ログインした先は俺の『秘密の庭』ともいえる場所だった。
重厚な扉を開けると、そこはゴシック様式の聖堂となっている。色とりどりのステンドグラスの窓から微かな光が差し込み、聖堂でよく見る折上天井には、青空の絵が描かれている。
祭壇に続く毛氈の絨毯の敷かれた身廊を挟むように、白百合が大量に咲いており、それを確かめるように触れながら、十字架のある祭壇へと向かう。
祭壇の前にはガラスの棺が置かれ、俺はその中を覗きこむ。
「やあ、真莉奈……暫く来られなくて、すまなかった……」
そっとガラス越しに彼女の頬を囲むように手を這わせる。今にも目を覚ましそうな彼女を見つめながら、俺は溜息交じりに囁く。
「必ずきみを殺した『青い鳥』を見つけるから……もう少し、待っていてくれ……」
その時、背後で何者かの気配を感じ、勢いよく振り返る。聖堂の入り口にいる侵入者に俺は眉根を寄せる。
「お前は……誰だ……?」
突如やってきた侵入者は、以前に相棒が着ていたTシャツのキャラクター……スペース・カウボーイの擬態をしており、俺は道具箱からグロックを掴み出して銃口を向けた。
「動くな!」
俺が引き金に指を掛けたのと同時に、スペース・カウボーイが扉を開けて走り去っていく。
俺も追いかけるが、すでに聖堂の外には気配がなかった。どこかにエラーや隙間でも発生しているのかと辺りを見回すが、どこにもそれらしいものは見当たらず、入り口の扉に細工を施すべく道具箱にアクセスをした。
一体……あのスペース・カウボーイは何者なのだろう……?
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