あるアイドルの死 【Episode:10】

〔10〕


 雑居ビルの最上階に、その女は住んでいるらしい。古びたエレベーターに乗り、リードが少し緊張した面持ちで呟く。


「犯罪歴などが無かった為、本人の名前と住所しか分からなかったんですよ……」

「まあ、短時間で、それだけ分かれば上々だろう」

「僕にも部下がいれば、もっと素早く捜査できるんですけどねえ……」


 しみじみと呟かれたリードの言葉に、俺はぎょっと彼を見つめる。聞き間違いでなければ、こいつは今……


「お前、最初に俺に、電脳犯罪対策部 捜査壱課 都築班の班長だって名乗ったよな?」

「ええ、そうですよ。班長です」

「なのに部下が居ないのか?」


 リードは微かに唇を尖らせて肩を竦めてみせる。


「ええ、いないんですよ。都築班は僕一人なんです」

「お、おいおい……」


 それってもしかして……言い掛けたところで、エレベーターが最上階に到着し、さっさとリードが降りる。俺はその背中を追いかけるようにして、女が住んでいるらしい部屋まで向かう。

 意外にも、ドアは開け放たれており、ノブには小さなホワイトボードが掛けられており、そこには『アイドル研究所』と書き殴ってある。

 思わず互いの顔を見合わせて、俺達は室内へと入る。


「葉月芽衣さん、いらっしゃいますか?」


 部屋の奥に行くに従い、機械じみた妙に甘ったるい歌声が聞こえ始める。ララベルの曲だろう。


『ララベル、ララベル、あなたのハートのベルをならすの~』


 少し古めかしいメロディが流れている室内に踏み込むと、窓を背にして置かれた作業デスクでパソコンを操作していた人物が、こちらの気配に気づいて顔を覗かせる。


「いらっしゃーい」


 妙に間延びした鼻に掛かった声、そしてその相貌に、俺は……いや、リードも少したじろいたのが分かった。大きな液晶の陰からこちらに顔を見せた女は、ララベルのようにピンクに髪を染め、ツインテールに結んでいた。

 それだけじゃなく、アイドルよろしくフリルだらけのワンピースを着ている。しかし、俺達が驚いたのは、その顔に深く刻まれた皺だった。

 その年齢にはそぐわない緑色のアイシャドウなどに、道化師という言葉が浮かんでしまった。想定していた年齢よりも、かなり上だったことに内心驚愕しながら、俺は薄く笑みを浮かべる葉月芽衣を見つめる。

 リードがスーツの内ポケットから警官バッジを取り出して、彼女に見せる。


「警視庁のものです。電脳アイドルの件でお話を伺いにきました」

「ああー……色々とやっちゃったの、ばれちゃったあ?」


 そう葉月が真っ赤なルージュの塗られた唇をすぼめるようにして笑い、俺はぞくりと背中に戦慄が走るのを感じる。

リードも、あっさりと相手が罪を認めたせいか、一瞬たじろいだようだが、気を取り直して彼女を真っ直ぐ見つめる。


「あなたは、ララベルをはじめ、先程もフェスに参加している観客やアイドル達のIDを盗難しましたか?」

「うん、したよ。だってぇ、今の電脳アイドル界は、訳の分からないアイドルばっかなんだもん。電脳アイドルはララベルちゃんだけでいいんだよー。皆、仲良く固まってさ、一人のララベルちゃんになってもらいたかったのぉ」


 葉月は、きょとんとしたような顔をしてから、こっくりと頷いてみせる。まるで、それの何がいけないの?といった様子に、思わず眉根が寄る。


「それだけじゃなく、あんた、ミントの関係者も殺したな?」

「うん、だって、あいつらララベルちゃんの敵だもーん。死んで当然じゃん? アイドルがアイドルの攻撃なんてしちゃ駄目だよう」


 その為には人を殺してもいいっていうのかよ……この女、完全に狂ってやがる。思わず怒りで奥歯を噛みしめたのと、窓の外で何かが光ったのは同時だった。

 見れば、プロペラのある丸い球体の物体が飛んでおり、そこから銃口が飛び出したのに気づいて、俺は叫ぶ。


「伏せろー!」


 リードと俺が床に伏せた刹那、無人戦闘攻撃機から何発もの弾が撃ち込まれる。ガラスが砕け、室内のパソコンや家具が銃撃で火花と共に辺りに散っていく。咄嗟にソファーの影に身体を回転させ、リードも素早くテーブルを盾にするように倒して身を隠す。

 硝煙が立ち込め、ガラスなどが辺りに散らばり、銃声がぴたりと止む。ソファーの影から窓を見やれば、すでにそこには無人戦闘攻撃機はなく、俺は降りかかったガラス片などを払いながら立ち上がる。


「リード、無事か?」

「ええ、なんとか……」


 リードも身を起こし、俺達は作業デスクへと視線をやる。そこには銃弾を何発も受けてデスクに突っ伏した葉月の姿があった。弾は頭部にも命中しており、まるで割れた西瓜のように脳みそなどを飛び散らせて、真っ赤にあたりを染めている。

 リードが反応のない葉月の頸動脈を確認し、ゆっくりと首を横に振る。


「クソッ、一体、なんだっていうんだ……」


 俺は脱力しながら思わず呟き、リードも大きく溜息を漏らしながら、電犯に連絡すべく、モバイルフォンを取り出した。

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