あるアイドルの死 【Episode:9】

〔9〕


 ミサイルが轟音と共にララベルの額に命中し、もうもうと煙が上がる。ウィリーが「よっしゃ!」と飛び跳ねるが、煙が消えて見えたのは、額に穴が空いたものの、一瞬にしてそれがふさがってしまった瞬間だった。


「う、嘘ぉ……」


 ウィリーが茫然と呟き、俺は視界をズームにしてララベルを見る。


「ま、マジかよ……ありゃ、ララベルの個体ってわけじゃないぞ」

「へ!? どういう意味!?」

「あれは、ララベルが取り込んだ奴らが寄り集まってララベルの形になってるんだ!」


 取り込まれた連中が、まるでモザイクアートか、泥団子のように固められてララベルの形を作っているので、ミサイルで攻撃しようが、すぐに元の形に戻ってしまうのだ。

 ハッとなってウィリーに「バイクに乗れ、逃げるぞ!」と声を上げたのと、ララベルの巨大な手がこちらに迫ってきたのは同時だった。

 ウィリーが「ひゃああ」と悲鳴を上げて、タンデムシートに飛び乗り、俺はバイクを発進させる。


「みぃーんなぁーのぉーあいどぉーるぅうー、らぁらぁーべーるでぇえーすぅー」


 妙に間延びした声が響き渡り、俺にしがみつきながら、きゃあきゃあと悲鳴を上げるウィリーに「もう一発、くらわせてやれ!」と叫ぶ。刹那、ウィリーがハッとしたように、再度スティンガーミサイルを撃つ。

 ミサイルは迫りくる巨大な掌に命中するが、一瞬だけ開いた穴はあっというまに修復されてしまう。

 クソッ、これは取り込まれたらリアルに戻れないかもしれないぞ……! 俺は必死にフルスロットルで距離を広げようと疾走する。


「兎羽野、ヤバイよ、ヤバイ! ヤバイってっば!」


 ウィリーがパニックになって叫んだのと、ララベルの巨大な手にバイクごと掴まれたのは同時だった。


「らぁらぁーべーるでぇえーすぅー」


 ロブられ《盗まれ》たIDの集合体で出来たララベルの顔が不気味な笑みの形になり、ぱっくりと大きく口が開かれる。ウィリーが「ララベルちゃんの事は好きだけど、俺っち、食われるのはいやだあ!」と泣き声で叫び、俺はなんとか身体を動かして、道具箱から薬箱のキットにアクセスする。

 万が一の為に一本だけ用意していた注射器を取り出し、逃げ出そうと暴れるウィリーの首根っこを掴んで、中身を打つ。注射を打たれた事に気付いたウィリーが目を丸くして俺を凝視する。


「え、なに? 俺っちに、なんかした?」

「緊急事態だ、恨むなよ」

「も、もしかして……」


 ウィリーが何かを言おうと口を開いた瞬間、彼の姿は消えており、俺はリードに通信をする。


「リード! リード! 聞こえるか!?」

『はい? どうしました?』

「俺のゴーグルを今すぐに強制終了してくれ!」

『ええ!?』


 リードが驚愕の声を上げ、あと数秒でララベルの口の中に放り込まれそうになっている俺は、思わず叫ぶ。


「いいから、電源ボタンを押すんだ! 早く!」


 こちらの尋常ではない様子に、リードが焦ったように『は、はい……!』と返す。次の瞬間、キィィンという耳鳴りと共に目の前が真っ暗になった。

 ハンマーで殴られたような頭痛と耳鳴りに、自分が叫び声を上げているのを、まるで他人事のように聞きながら目を開ける。


「と、兎羽野さん……!」


 深海から一気に引き揚げられた魚よろしく、俺は弓なりに身体を逸らす。目元を覆っていたゴーグルが取り外され、ぼやけた視界の中のリードを見つめ返す。


「大丈夫ですか……?」


 一瞬、何があったのか分からずに混乱したが、今しがた強制終了してリアルに戻ってきたのを思い出す。額に滲んだ脂汗を手の甲で拭いながら、シートから上半身を起こす。

 何回経験しても慣れない感覚に低く呻きながら、ズクズクと痛むこめかみを揉む。リードがこちらにハンカチを差し出し、目顔で問いかける。


「鼻血が……」

「あ、ああ……」


 アイロンが掛けられた皺ひとつないハンカチを受け取り、鼻から流れた血を拭う。鼻血が止まったのを確認し、ハンカチをリードに返そうと差し出すと、微かに眉を寄せて微苦笑を浮かべる。


「いえ、よろしければ、差し上げますよ」

「悪いな……」

「それにしても、何があったんです?」


 俺は痛むこめかみを揉みながら事の顛末を話し、ようやく痛みが治まるのに安堵しながら辺りを見回す。


「ここは、例のララベルのファンとかいう人物の居場所か……?」

「ええ、しかし……本当にこの人物が、ララベルやファンのIDを奪い、MEL空間で暴れていたというのですか……?」


 そうリードがタブレット端末をこちらに差し出す。思わず吐息を漏らしながら、そこに映されたライブ会場の先頭で声援を送るララベルそっくりに擬態をしたそいつを見つめる。


「筋金入りのララベルファンであることには、間違いないな。MEL空間での過激な行動と、リアルでの人物像はリンクするのか……答えが見つかるかもな」


 思わず皮肉っぽく片頬をあげ、タブレット端末の液晶画面を指先で弾く。

「では、確認しにいきましょうか」

「ああ」


 俺達は目の前の古びた雑居ビルへと向かった。


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