あるアイドルの死 【Episode:3】


〔3〕


 ウィリーの部屋は、ゴーグルの配線やパーツ、塗料のスプレー缶や、あやしげなアダルトグッズらしきもので埋め尽くされていた。足の踏み場もないくらい散らかっている室内に、リードが一瞬たじろいだ。俺はお構いなしに、ソファーの上に広がった雑誌や、皺だらけのTシャツを床に払い落として、腰を下ろす。

 リードも少し間をあけて俺の隣に腰を下ろし、俺の隣になぜかウィリーがケツを捻じ込んで来ようとしたので「なんで、仲良く横並びに座るんだよ!」と、その後頭部を叩いて、向かいのソファーに促す。


「で、そのララベルってのは、MEL空間でのヴォーカロイドみたいなものだろ?」


 確か、キットを買えば誰でも自分好みにカスタマイズできるものだったはずだ。


「その電脳アイドルである、ララベルのID等が次々に乗っ取られて、姿を消しているんですよ。昨日から電犯にも被害届が殺到していましてね。ID名『@Willy-Laravel』さん……つまり、ウィリーさん、あなたもその一人ですね」

「おいおい、随分と単純明快なIDだな……」


 うんざりとして言うと、ウィリーは「てへへ」とピアスが刺さった舌を出して見せ、後頭部を掻いた。


「だって、複雑だと俺っち、すぐに忘れちゃうし」

「どうせ、パスワードも同じように『Laravel-love』とかだったんだろ」

「なんで分かったんだよ! あ、もしかして、兎羽野、俺っちのゴーグルをハッキングしたのか!?」

「してねえよ! する以前の問題だよ、馬鹿野郎!」


 思わず声を荒らげる俺に、リードが宥めるように両手を上げる。


「ともかく、あなたの管理プロデュースしているララベルは、かなりの人気があったようですね。ファンもそれだけ多かったようだ。それだけファンが多いと、反対にアンチもいたでしょう?」

「そりゃあ、俺っちのララベルちゃんは、キュートでエッチなのを売りにしてたからさあ。清純派のララベルちゃんが好きな奴らからは叩かれてたよ? あ、中でも特にひどい過激派のやつらの情報をタッチしてあるからさ、いる?」


 リードがぎょっとしたように瞠目し、俺は思わずため息が漏れる。こいつは、どうして捜査官を前にして違法行為をしていることを打ち明けてしまうんだろう。

 俺達の反応に、ウィリーはきょとんとしたような顔をしてみせ、リードが苦い面持ちで告げる。


「ウィリーさん、他者の情報を取得するタッチ行為は違法行為なのですよ」


 途端にウィリーが「そ、そうなの?」とこちらに助けを求めるような目を向け、俺は頷いてみせる。しかし、ウィリーのタッチした情報があれば、捜査も手間が省けるってもんだ。


「まあ、今回だけは、そのアンチの情報と、お前のゴーグルのメモリカードを渡せば、逮捕はしない」

「ええ!? メモリカードって……全部?」


 ウィリーが泣きそうな顔で眉毛を下げ、俺はいかにも理解ある捜査官グッドコップといった面持ちで肩を竦める。


「今回は、ララベルの情報が入っているものだけでいいぞ」


 どうせ、こいつの他のメモリカードを押収したところで、ケミカルジュースのレシピやら、違法にダウンロードしたポルノくらいしかないだろう。ウィリーは、何やら決意したようにスプレーで落書きの施されたゴーグルからメモリカードを取り出す。


「分かったよ。頼むからさ、俺っちのララベルちゃんを救ってよね……」


 そうこちらに差し出されたメモリカードを受け取り、ウィリーの部屋を出る。どうも潔癖症の気があるらしいリードが、ほっとしたような面持ちでこちらを見やった。


「なんというか……個性的な人ですね。僕の調べた限りでは、あなたの熱烈なファン……いや、ストーカーくらいの情報しかなかったのですが……」

「あれでも、ハッキングとクラッキングの腕前は中々のものだぞ。ケミカルジュースばっかりやるのが玉に瑕だけどな。早速、奴のララベルちゃんとやらを調べてみるか」


 自室の鍵を開けると、玄関先で待機していた番犬型アンドロイドが、尻尾を振ってこちらに近付いてくる。

「よーし、ケルベロス。良い子にしてたか?」


 ひんやりとしたアルミニウム合金の表面を撫でてやると、ケルベロスの瞳がグリーンに光り、隣にいたリードが屈んで「可愛いなあ」と呟いた。


「僕が触ると噛みますか?」

「俺と一緒に三回、この部屋に入れば警戒対象者ではないと顔認証に登録されるようになるぞ」

「本当ですか!? じゃあ、あと二回ですね」


 リードの瞳がやけに輝き、俺は思わず揶揄うように片方の眉を上げた。


「まあ、俺が最終的に承認しないと、警戒対象者のままだけどな」

「なんですか、それ! 意地悪だなあ」


 リードが拗ねたように眉を下げ、その顔がいつもの取り澄ましたものよりかけ離れているので、思わず小さく笑いながらリビングへと向かう。


「それにしても、少し意外です。兎羽野さんの趣味からすると、番犬型ロボットではなく、本物の犬のほうがお好きだと思っていました」


 後ろをついてくるリードがぽつりと呟き、俺は思わず皮肉気に片頬を上げて笑う。


「ロボットは死なねえからな」


 リードが息を呑む気配がしたが、それを無視してどっかりとソファーに腰を下ろし、俺は自分が使っているゴーグルと、予備のもう一台を用意する。


「あんた、オートマタ化しているが、ゴーグルを使用しても問題はないんだよな?」

「ええ、擬態は苦手ですが、ダイヴするのは問題ないですよ」

「じゃあ、今回は手伝ってもらおう。ペアダイヴってやつだ」


 リードが少し驚いたように瞬きし、俺はメモリカードをカードリーダーにセットしながら「怖いか?」と彼を見やる。彼は微かに笑みを浮かべながら肩を竦める。


「そうじゃありません。あなたからそんな提案があるとは思わなくて。あなたは、基本、単独でダイヴしたいタイプかと……」

「目の前に捜査官がいるんだ。二人でダイヴしたほうが早い。何かあったらきちんとエスコートしてやるから、心配するな」


 そうリードにゴーグルを渡すが、使い慣れていない機種なのか、どこかもたついている。思わずその様子に苦笑してしまう。仕方ないので、リードの目元を覆うようにゴーグルを装着してやり、ケーブルをカードリーダーにつなげる。


「兎羽野さん、ダイヴした内容を脳内のチップに記録したいので、専用のケーブルがあれば繋いでもらいたのですが」

「構わないが、人体に影響はないのか?」

「あまり長時間の使用は良くないようですが、今回はデータ量が多そうなので」


 そうリードが横髪をかき上げ、こめかみの一部をスライドさせるようにすると、そこにはコネクターが露出される。剥き出しになった機械部分に、リードがオートマタ化しているのだと実感しながら、専用のケーブルを繋ぐ。

 リードがソファーに横になり、リラックスするように呼吸を整えはじめ、俺も自分のゴーグルを装着し、向かいのソファーに横たわる。


「じゃあ、行くか」

「ええ」


 俺達は、MEL空間へとログインした。

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