あるアイドルの死 【Episode:2】

〔2〕


 講義を終えて、早速俺はリードと共に、自分の住むアパートメントに向かう。とはいえ、自宅に戻るのではなく、二つ隣の部屋の扉を思い切り叩く。俺の横でリードが小首を傾げる。


「……ここって、あなたの熱烈なファンのお部屋ですよね?」

「ファンじゃなくて、ただのストーカーだよ」


 思わずうんざりとした声が漏れ、俺はガンガンと乱暴に扉を叩き続ける。


「開けろ! ウィリー!」


 扉の向こうで人が動く気配があった。ロックが解除され、数センチだけ扉が開いた。俺はすかさず、その隙間に靴先を捻じ込む。


「な、なんだよう! 俺っち、何もしてないだろお?」

「いいから、出てこい!」


 ぐいっと力任せに扉を開くと、ドアノブにしがみついていたウィリーが、その勢いで弾き出されるように姿を見せる。

 その顔は、さきほどまで泣いていたのか目蓋は少し腫れており、鼻先も真っ赤になっている。いつもはトサカのようにセットされたブルーのモヒカンもどことなく萎れているように見える。


「今朝、俺の部屋にやってきて、アイドルがどうとか喚いていたよな?」

「ララベルちゃんのこと?」

「そう、そのララベルとやらの話だ」


 朝、出勤の身支度と整えていたところに、電脳ナッツイカレ野郎のウィリーが、転がり込むように部屋に入ってきたのだ。

 玄関のドアの鍵を掛け忘れていたのを後悔しながら、久しぶりのネクタイに苛々と苦戦しながらミラー越しにウィリーを睨む。


「ウィリー、俺は忙しいんだ! お前のお遊びには付き合ってられ……」


 言い掛けたところで、ぐえ、と変な声が出る。なんせウィリーが俺にタックルよろしく、飛びついてきたのだ。勢いでミラーに頭をぶつけてしまい、顔を顰める。


「てめえ、なにをしやがる……!」

「兎羽野ー! どうしよう! 俺っちの……俺っちのララベルちゃんがあー!」

「おい! 離せ、この野郎!」


 ぎゅうぎゅうと抱き着くウィリーを振りほどき、俺はすっかり結び目が崩れたネクタイに舌打ちする。


「ああっ、クソッ! 何なんだよ、まったく! ララベル? お前のペットか?」

「違う、違うよう! 俺っちのアイドルちゃんだよう!」


 そうウィリーが、自分のタトゥーだらけの身体を何やら探すように視線を走らせ、これだよ、と上腕に彫られたタトゥーを指差す。そこにはピンク色の髪のアニメの少女が彫られており、俺はますます訝りながらウィリーを見やる。


「ララベルちゃんが……ララベルちゃんが攫われちゃったんだよう……」


 そうウィリーが泣き声交じりで近寄り、俺は反射的に後退りしてしまう。


「お前、ラリってるな? あれだけ、ケミカルジュースは、やりすぎるなって言ったのに……」

「違う、違うよ、この鈍チン! 電脳マニアック! アル中! 俺っちのララベルちゃんがあ……連れ去られたんだよう!」


 そうウィリーが泣きながらこちらに飛びかかって来ようとしたので、反射的にその顎に右ストレートを叩き込んでしまった。

 へぶっ! と奇妙な声を上げて、ウィリーがひっくり返り、俺は奴の首根っこを引っ掴んで、そのまま外に放り出す。


「俺は、これから出勤なんだよ! 邪魔をするな!」


 見やったネクタイはすっかり崩れており、勢いよく引き抜いて舌打ちと共に胸ポケットにねじ込む。腕時計を見やれば、遅刻しかねない時間で、俺は脚に縋り付くウィリーをサッカーボールよろしく蹴り離して、駐車場へと走った。


「……あなた、講師とはいえ、警察関係者なんですから、困っている一般人をあしらっちゃ駄目でしょう。しかも殴るなんて……」


 事の顛末を聞いたリードが呆れた視線をこちらに寄越し、俺は肩を竦めてやる。


「こいつの日ごろの行いが悪いからだよ」


 ウィリーは、まったく気にしていない様子で「あ、俺っちの部屋で珈琲でも飲む? あ、珈琲はなかった。ケミカルジュースならあるよ?」とすきっ歯をのぞかせて笑った。ほらな? とリードを見やった俺に、彼は、脱力したように「ケミカルジュースは違法物ですよ」と呟いた。








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