<BODY> Dive :02 </BODY>
あるアイドルの死 【Episode:1】
〔1〕
「そもそも俺達がダイヴをする空間、メルカルトというのは、海と航海の神から名づけられたと言われる。通常は略して
俺は階段教室をぐるりと見回す。幾人からの聴講者である捜査官が手を上げ、適当に目の合った者を指す。
「想像力がないから、でしょうか?」
指された若い捜査官は微苦笑を浮かべながら言い、会場に小さな笑い声がさざめく。
「その通り。生来の真面目さが仇になることもある。かといって、不真面目が良いという訳じゃないぞ。悪徳警官にはならないでくれ。俺みたいにね」
冗談めかして言うと、室内に再び笑い声が響き、電犯が使用しているゴーグルをモニターに映し出す。
「諸君もゴーグルなんて子供の頃からゲームなどで使用しているだろうから、使い方などは分かっていると思う。ゴーグルは、MEL空間にアクセスするためのもので、ヘッドマウントディスプレイとコンピューターの融合とでもいえばいいだろう。表層部分にアクセスするのなら必要はないが、深層部分より深い空間にダイヴするには、
ぐるりと教室を見回すと、数名の訓練生や受講生が手を挙げた。
「電犯の捜査官になりたければ、マイクロチップのカタログを、今日にでも取り寄せて検討をしておいたほうがいい。深層部は複雑な空間で、自分でない見た目に成りすます擬態や、空間の構築能力が必要となる。その為には脳内のイメージを、ゴーグルを介してMELに反映する必要があるからだ。完璧な構築はほぼ現実世界と変わらず、自身がリアルへとログアウトしたか分からずに混乱するダイバーもいる」
俺はジャケットのポケットから取り出したものを全員に見せるように掲げる。十字架が鳥かごの中に入っている
「これは、俺がMELからログアウトし、リアルに戻ってきた時に使うパズルで、ダイバーの間では『タリスマン』や『アミュレット』とも呼ばれる。自身が、リアルに本当に戻ってきたかを確認するための道具と思ってほしい。万が一、この知恵の輪がいとも簡単に解けた場合、破損した時、リアルではありえない現象が起きた時は、自身がログアウトできていないと思った方が良い。タリスマンは、知恵の輪でなくてもいい。例えば、こんな風にコインでもいい」
俺はズボンのポケットからコインを取り出して、天井に向けて弾く。ピンッと音を立てて、コインが空中へと飛んだ。しかし、コインは落下することなく、くるくると回転しながら宙に浮いたままである。
その様子に、聴講者たちの驚愕のざわめきが室内に広がる。俺は両腕を広げて、おどけるように肩を竦めた。
「さて、訓練生の諸君は、ここがリアルではないことに、いつから気付いていただろう。よく思い出してほしい。つい七分前に、全員、ゴーグルを装着してもらったはずだ。だが、それを忘れていたと思う。リアルとMELの境が無くなった状態になっていたはずだ。自身がアクセスしていることを分からなくするウィルスを俺が使用したからだ」
俺は困惑する聴講生たちに、にっこりとしてみせる。
「では、ここでミッションに挑んでもらおう」
俺が合図のように指を鳴らすと、教室の風景が溶けるようになくなり、そこは荒れ果てた街並みへと切り替わる。今にも崩れ落ちそうな壁にはスプレーでポルノグラフティが書き殴られ、道のあちこちには、違法プログラムの欠片や
「ここは実際にある、深層階層のスラム街を元に俺が構築した。きみ達は、ここから三十分以内にリアルに戻って来るように。このスラム街は非常に入り組んでいるので一筋縄にはいかないだろう」
話している途中で、狭い路地から武装したダイバーが飛び出して来て、こちらに銃を向ける。俺は道具箱から拳銃を取り出して、一発、額に向けて撃つ。
額に穴を開けた男が仰向けに路地に倒れ、俺は咄嗟の事に硬直している聴講生たちに顔を向ける。
「スラム街の住人はbotではあるが、こちらに攻撃してくる。実戦と思ってあたって欲しい。ああ、そうだ。ただの
そう軽く敬礼をして、俺は一足先に専用に設定しておいたショートカットで、ログアウトをする。消えていく俺の姿に、聴講生たちはハッとしたように各々、アーマースーツで武装をしたり、道具箱から武器を取り出し始めている。
ほぼ全員が武装しているので、俺は思わずため息をつきながら「イマジネーションが鍵だぞ」と呟く。ログアウトしている途中で、目の前にモニター画面が映し出され、そこに映る人物に思わず眉根を寄せる。
「なんだ? 講習中だぞ」
俺はゴーグルを外し、壇上に設置されたモニターをしげしげと見つめる都築・リード・創慈に言う。彼は少し目を輝かせて「あ、この訓練生の擬態の発想、素晴らしいですね」などとこちらを振り返る。
確かに、全員が武装する中、彼女は背中に羽を生やして空中へと舞っている。空からのログアウトを狙っているようだ。
「これ、空からのログアウトは出来るんですか?」
「無理だな。よっぽど破壊力のある攻撃をすれば別だが。でも、彼女の発想は良い線をいっている」
俺はリストに該当の聴講生の名前にチェックを入れ、リクライニングシートから身体を起こして、改めてリードを見やった。リードは指先を顎に当てて、何やら感心したように俺の全身に視線を走らせている。
「兎羽野さんって、MELとリアルの姿があまり変わらないんですね」
「リアルのほうがオッサンだろ。あんただってMELと、ほぼリンクしてるじゃないか」
今日も仕立ての良いオーダーメイドらしいスーツに身を包み、その容姿も相まって警視庁内で良くも悪くも目立っている。捜査官ではなく、モデルか俳優と言われても通じるだろう。
「僕の場合、擬態が苦手なだけです。あなたも知っているでしょう?」
「そうだな。で、わざわざこんなところまで何しに来たんだ?」
リードは、デスクに置いていた紙ファイルをこちらに差し出す。
「兎羽野さん、アイドルに詳しいですか?」
「はあ?」
思わず間抜けな声を上げながら、ファイルを受け取る。中を見れば、やはりそれは捜査資料で、俺はうんざりとリードにそれを突き返す。
「おい、俺は捜査官じゃないぞ」
「知っていますよ。あんなに僕が頼んだのに、あなたときたら、MEL専門の教官ならいいだなんて、駄々をこねるから」
「駄々なんかこねてねえだろ。ふざけんな」
思わず語気を強めた俺に、リードは澄ましたような顔で胸の前で腕を組む。
「あなたが欲しい情報も、捜査に関われば手に入るかもしれませんよ」
「……なんのことだ?」
目を眇める俺にリードは、分かっているでしょう?とでもいいたげな顔で肩を竦めてみせる。俺は思わず、フンと鼻を鳴らしてもう一度、捜査資料に目を落とす。
資料にあった画像に、俺は小さく声を上げ、こちらの様子にリードが小首を傾げてみせる。
「おい、このアイドルをプロデュースしている奴なら、今朝にぶん殴ったぞ」
「ええ!?」
リードの素っ頓狂な声が、いやに大きく教室内に響いた。
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