透明少女にさよならを

カイ

透明少女

茜に染まる浜辺でそっとキスをした。ファーストキスの味は本当にレモンの味だった。

    ***

 私は女の子に恋をしている。隣の席の女の子。彼女は日向もも。

 ももは誰にでも優しい。だから、私にも、優しい。

 窓の外を流れる雲を目で追いかけていた。シアンの空は、どこまでも果てのない気がした。

 チャイムの音が鳴った。授業が始まる。

「ありさちゃん、ぼーっとしてるけど大丈夫?」

 不思議そうな顔でこっちを見つめている。六時間目の憂鬱も、ももの瞳に吸い込まれてしまいそうだ。

「ううん、なんでもない。」

 トクトクと胸の音。気づかれないだろうか。隣の席になってから、この心配ばかりだ。

「ならいいけど。なんかあったら相談してね?」

 優しい。ももは誰にでも。

 こんな毎日が永遠に続くと私は信じていた。

    ***

 いつからか、透明になってしまった。私は。どうやら私は殺されたらしい。家族はずっと泣いてるし、気が滅入っている。ニュースを見るなかで気づいたのは、通り魔に殺されたってこと。

 マスコミが家にも学校にも押し掛けて来ていた。インタビューでは、顔も知らない同級生が

「いい子だったんです。いつも優しくて。」

 と言っていた。

マスコミが興味を示していたのはほんの二週間程度で、それからは、同級生にも忘れ去られた。

 人って案外死んでも何も変わらないんだな。どうしようもない虚無感に襲われる。もう、大好きなももに触れることも、できない。そう思うと涙が止まらなかった。

 人は二度と死ぬという。一度は本当に死んだとき。二度目は忘れられたとき。私はもう二度死んでるんだろうな。死神に言われた、この世界にいる条件は、一人でもいいから自分のことを忘れないでいること。一人の記憶から消えていく度にすこしずつ透明になっていく。また、死者ではない人間には、基本的に姿が見えないこと。

    ***

 家にいるのは辛かった。両親が今日も喧嘩をしている。気晴らしに海にでも行こうか。学校の近くには、どこまでも透明な海があった。海に行くには歩くしかない。実体が透明化しているとものすごく歩きづらい。ゲルのような状態だ。

 今日の最高気温は三十五度。透明な私でもすごく暑い。溶けそうだ。本当に。

 海につくと、ずっと想っていたももの姿があった。ももは泣いていた。声をかけたい。けどもう見えないんだろうな。そう考えていると、ももが振り返った。

「ありさちゃん?」

「ももちゃん、見えるの?」

「うん、見えるよ」

 ももはハンカチで涙をぬぐいながらいった。

「なんかね、透明になっちゃった。」

 頑張って口角をあげようとしたが、その気持ちとは裏腹に涙がこぼれた。

「私、死んじゃった。なにも悪いことしてないのに。」

「何でだろうね...何で神様は私を殺したんだろうね。」

言葉は尽きない。悲しみも。

「ねえ、もう触れられないのかな。」

「私、ありさちゃんのこと、こんなに好きなのに...。」

「私もずっと好き。ももちゃんのこと。」

 もう、触れられない。大好きなももに。

「今日、ももちゃんに会えてよかった。」

「ありさちゃん、もういっちゃうの。やっと会えたのに。」

「寂しいよ。ねえ、私どう生きていけばいいの。」

「限りある今を精一杯生きて。それが私からのお願い。」

 茜に染まっていく浜辺でそっとキスをした。ファーストキスの味は本当にレモンの味がした。

    ***

 ありさは消えてしまった。

 レモンの味を私の唇に残して。

「さよなら、ありさ。」

 

 

 

 

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