十章:支配_under_control
「いい子だ、理仁」
二人乗りのバイク三台で疾走した。
おれと海牙の体力を温存するために、おれは
そして、おれたちは、やつの牙城に乗り入れる。
やつの名前は長江
獰猛で俊敏なエンジン音が地下駐車場のコンクリートの壁に反響する。蛍光LEDがポツポツとともるだけの薄暗い空間を、三つのヘッドライトが鮮烈に照らし出す。
ぶっとい四角の柱、低い天井、排気ガスの匂い。
先行するのは
【この区画までが来客用の駐車場。で、突き当たりを左に折れたら教職員用の駐車場で、いちばん奥にVIP用のがある。親父はいつもVIPんとこに車を停めてて、そのそばに、VIP専用で無駄に上等なエレベータホールがあるんだ】
親父はそこにいる。
どうしてそう思うかって、ただの勘。そんな夢を何度も見たから。
なんてことを出発する前に言ったら、海牙がすっげー微妙な顔をした。そりゃ、非科学的に過ぎるって、おれ自身も思うゎ。
でも、科学志向の海牙も、口に出しては何の反論もしなかった。総統が黙っていたからだろう。おれが間違ってたら、全知のチカラを持つおっちゃんは、きっと何か別の道を示すヒントを出したはずだ。
三台のバイクは教職員の車の列を駆け抜けながら、異変に気付いて速度を緩めて、最後にキュッとブレーキをかけた。
続く先にあったのは、VIP用の駐車場じゃなくて、行き止まりだ。頑丈そうな防火シャッターが下ろされていて、先へ進めない。
おれはヘルメットを外しつつバイクから飛び降りて、シャッターに駆け寄った。
「ちくしょう、何だよこれ? こんなもんがあったのかよ。てか、新しいよな。最近作ったのか? さすがにこれの合鍵は持ってねぇぞ」
目の前のシャッターには、人が通り抜けるためのドアがない。空間は完全に隔離されている。
周囲を見渡す。シャッターそのものを隅から隅までと、近くの壁、柱。天井も見上げてみるけど、シャッターを操作できそうなものは何も見当たらない。
海牙が音も立てず、いつの間にか、おれの隣にいた。
「ハッタリみたいなものですね。防犯カメラや通報のための装置がつけられているわけでもない。急ごしらえのようですし。
「え?」
「それから、耳をふさいでおくほうがいいかもね。うるさいと思いますよ」
言うが早いか、いきなり海牙は、手にしたヘルメットをシャッターに叩き付けた。ガシンッとも、グォンッとも聞こえる響き。硬いもの同士がぶつかる音に、空気を介して鼓膜をぶん殴られる。
「み、耳が痛ぇ」
「やっぱりステンレスですね。特別に分厚いというわけじゃなさそうだ。このくらいなら問題なく、ぶち抜けますよ」
海牙はバックステップを踏むと、軽く放ったヘルメットを目掛けて、しなうようなキックをぶち込んだ。ヘルメットがシャッターに衝突する。ダメージの上乗せを狙って、海牙はさらにヘルメットを蹴り付ける。
たちまち、頑丈なはずのシャッターがへこんだ。べごんっ、と変な音が鳴る。海牙がまたヘルメットをぶつける。がぅんっ。鞭みたいな回し蹴り。がごんっ。うっすらと、シャッターにひびが入る。
バイクを降りた
「協力する。下がれ!」
右の手のひらを前方に突き出す。その正面に白い光が生まれる。光は、手のひらより一回り大きな正六角形になる。
海牙がパッと退いた。煥がそのぶん、滑るように前に出た。
煥は右腕を引いて身構えながら、勢いよく踏み込んだ。右のこぶしを繰り出す。渾身の正拳突きがチカラの光を引き連れて、へこんで歪んだシャッターにぶち込まれる。
致命的な音がした。シャッターに亀裂が入った。
「もう一発か」
海牙がひらりと跳んだ。
「せいッ!」
狙いすました一点を蹴ったんだろう。
煥が白い光をシャッターの亀裂に叩き付けて、穴を人が通れるサイズに広げた。金属が熱せられたときの匂いが鼻を突く。
亀裂の向こうに、見覚えのある車がのぞけた。黒い艶をまとった上等な外車、シュッツガルドの馬をあしらったエンブレム。蛍光LEDの光に浮かび上がるナンバーは、六月生まれでふたご座の母親の誕生日。
親父の車だ。あれに最後に乗ったのは、三年近く前かな。母親がちゃんと動いてたころの、母親のバースデーディナー。タイミングが重なってしまって、おれと親父だけあの車でレストランに向かうことになって。
煥は、警戒しつつも
「あっきー、ちょい待ち」
「何だ?」
「おれが先に行くから。ヤバいときはフォローよろしく」
「わかった」
踏み出したおれの足音が響く。シャッターを越えてくるみんなの足音が折り重なる。
親父の車のすぐそばに、機能性丸出しの金属製の自動ドアがある。
おれは自動ドアの前に立った。頭上の赤外線センサが仕事をする気配。カメラがおれを見る。顔認証システムが働いて、おれの顔をVIP待遇者のリストと照会したらしい。その結果、ドアはうんともすんとも言わない。
まあ、予想どおりだね。物理的に鍵を解除してやるだけだ。
ドアの脇にコントロールパネルがあって、暗証番号を入力したり内線電話をかけたりの操作ができる。タッチキーの並びの隅っこには、鍵穴。
おれは、順番を整理して目印を付けて束ねてある鍵の中から、今必要な一本を取り出した。鍵穴に差し込んで、ひねる。あっさりと自動ドアが開く。
こういうとこがちょろいんだよ、親父は。表から見えない場所や万が一への備えには金をかけようって発想がない。上手に世間の足下を見るのが賢いやり方だって信じてる、ありがちな半端者の金持ち。そういうのは、賢いんじゃなくてセコいって言うんだ。
自動ドアが開いてそこに現れた光景に、おれ以外の全員が驚きのリアクションをした。
シャンデリアを模した照明が白々として、薄暗い地下駐車場に慣れた目にはまぶしい。真紅のカーペットが敷かれている。白い壁には、金箔をまぶした彫刻がきらきらしい。
ブルジョワ志向の内装だ。モデルにしたのはパリのオペラハウスでしょうか、みたいな。でも、そういう方向性なら、もうちょい本格的に金かけてガチモンのアンティークをそろえろよな。
奥の壁にしつらえられた金ピカのドアはエレベータで、地上につながっている。このレッドカーペットな成金趣味の部屋は、エレベータホールなんだ。襄陽学園のVIP向けの部屋は軒並みこんな感じ。母親が命懸けで守った我が家もね、似たような雰囲気で。
ダセーんだよ、こんな趣味。
おれは部屋に踏み込んだ。
【武器を捨てろ!】
チカラを込めて勢いよく怒鳴る。
部屋の中には四人がいた。そのうち二人は暗色のスーツの戦闘要員で、それぞれの手からナイフをカーペットに投げ落としたところだ。
一人は、イケメン紳士と名高いスーツ姿のクソ野郎。おれの親父、長江孝興。
最後の一人は、その姿が目に飛び込んできた瞬間、おれは首筋のうぶげが逆立つように感じた。
さよ子は手錠を掛けられて、淡い青色のワンピースの細い胴と、折れそうに華奢で白い
おれたちの姿を認めた途端、さよ子は涙だらけの顔を輝かせた。
おれは反射的に命じた。
【拘束を解け! 今すぐ!】
戦闘要員の二人は、武器を捨てたばかりの手で、すかさずロープと
そりゃそうだよな。まともな大人なら、高校生の女の子をつかまえたり閉じ込めたり縛り付けたりなんて、やりたくねぇよな。
親父が冷たい目をした。
「勝手なことをするな」
次の瞬間、止める間もなかった。さよ子の足下にかがみ込んだ一人の頭を、親父は革靴で踏み付けた。彼が痛みに呻いて頭をかばうと、がら空きの脇腹に、みぞおちに、革靴の硬いつま先が突き立てられる。
姉貴がおれを押しのけて前に飛び出した。
「やめてよ! いい加減にして!」
思い切った勢いで、姉貴は親父にぶつかっていった。突き飛ばす、というところまでいかない。親父は、二、三歩、後ずさった。姉貴を見下ろす。
姉貴はチラッと戦闘要員に視線を寄越すと、またまっすぐに親父をにらんだ。
「見覚えのない人がずいぶん増えたみたいね。昔からうちにいる人だったら、家族も含めてみんな顔がわかるけど」
親父は姉貴に応えなかった。姉貴のほうを向いてはいても、視線が姉貴を素通りしている。
「宝珠は持ってきたか?」
おれの胸の上で朱獣珠が震えた。玄獣珠、白獣珠、青獣珠が呼応して、悲鳴みたいなトーンで共振した。
沈黙が落ちる。おれの背中に視線が集まるのを感じる。
おれは部屋を見渡した。猫脚のソファ、傘立て、印象派の模写、さよ子がちょうど映る位置の鏡と防犯カメラ。壁際の小さなテーブルにはノートパソコンがあって、さよ子から見える角度の画面に表示された画像が最低に悪趣味だ。
姉貴が無言でパッと動いて、さよ子の拘束を解きにかかった。それと同時に、おれは、戸惑う様子の戦闘要員ふたりに命じる。
【きみら、壁際に下がっといてくれる? デカい図体してる人がそのへんにいたら、絵面的にすっげー邪魔なんだよね】
見えない手に放り投げられるみたいに、大柄な男ふたりがものすごいスピードで壁際まで飛んでいった。入れ替わりに、鈴蘭がさよ子に駆け寄って、ロープの結び目に取り付く。
姉貴が海牙を呼んだ。
「海牙くん、壊すの手伝って。この下品な手錠と
「了解しました」
「こういう類の代物、生理的に受け付けないから、原形をとどめないくらい粉々にして」
姉貴は、おれには何も言わずにアイコンタクトだけ送ってきた。それでおれには十分。姉貴が考えてること、伝わってくる。
あいつとの対決、今回はあんたの番よ、って。あんたに本番を任せるわ、って。
親父は無表情で、さよ子が救出されていく様子を眺めている。脳ミソ沸いてんのかな、こいつ。やること為すこと、毎度毎度、一つも理解できやしねえ。
おれは親父を呼ぼうとして口を開いて、一回やめた。最後に親父に向けて呼び掛けたのって、いつだったっけ? 昔は「パパ」とか「おとうさん」って呼んでたと思うけど。
できるもんか。そんなまともな呼び方。
「長江孝興サン。あんたがほしいのは、こいつだろ?」
おれは、嫌がる朱獣珠をシャツの下から引っ張り出した。シルバーチェーンの先で、朱獣珠はせわしなく明滅を繰り返す。
親父の目に光が戻った。口元に笑みが戻った。親父はおれのほうに右手を伸ばして、嬉しそうに顔を輝かせた。
「いい子だ、理仁。私にはそれが必要でね。最初からそうやって素直に渡してくれればよかったのに、とんだ手間をかけてしまったじゃないか。さあ、渡しなさい」
親父はにこやかに近付いてくる。差し伸ばされたままの右手、オーダーメイドの指輪、ダイヤと珊瑚のカフスボタン。
あの手が、おれの大事な小さな友達をたくさん死なせた。あの手がつかむ名誉と富のために、失われるべきでないもの、壊されるはずのなかったものが、次々と奪われていった。
一瞬で口の中がカラカラに渇く。恐怖と嫌悪感と、父親に逆らうことへの本能的な苦痛と、あと何だっけ? とにかく、何かすげーしんどくて、背筋がブルブル震えてて。
クソ、ふざけんな。
やるって決めたじゃねぇか。
投げ出したくて逃げ出したい自分を
「ここはおれの戦場だから」
「でも」
「物理的にぶちのめせばいいだけなら、あっきーと海ちゃんに丸投げするんだけどね~。ま、最終的にそうなる可能性もあるわけで、そんときはよろしく」
大丈夫だ。おれはまだ、笑ったふりをしていられる。
おれは、自分と四獣珠にだけ聞こえる声でつぶやいた。
【強がってみせろ、理仁。みんな見てんだぜ。ダセーことはできねぇだろ?】
親父がおれと向かい合って立ち止まる。おれの名前を呼んで、ニコニコと、朱獣珠を要求してくる。
「理仁、渡しなさい。それから、家に帰っておいで。リアもね。半月ほど過ぎてしまったが、リアの誕生日祝いをしよう」
おれの胸の中で、心臓が駆け足で暴れ回っている。息が苦しい。恐怖がフラッシュバックする。
しっかりしろ、おれ。前を向け。
おれは全身全霊の力を込めて、ひときわふてぶてしい笑みを作ってみせた。
「何か勘違いしてるみたいなんだけどさ~、長江孝興サン。誰があんたに宝珠を渡すっつった? おれがここに来たのはね、さよ子ちゃんを救出するためと、あんたのその腐った性根を叩き直してやるためなんだよ!」
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