212:悪役は、最後に登場するよなって話


 帝国軍の主力部隊を壊滅させ、一部の英雄クラスの生き残りも確保することに成功。

 領主であるカイルが、彼らと話をするため、アルファードとその直属である聖騎士たちと一緒に市壁を出た。

 もちろん俺も一緒である。


 市壁の門をくぐると、辺り一面の地面が黒く焼け焦げていた。だが、風で飛ばされたからか、あまり匂いがしないことにほっとする。


 俺たちがその場に行くと、すでにレイドックとカミーユだけでなく、ソラル、エヴァ、マリリンもそこにいて、帝国の生き残りを特別に頑丈なロープで縛り上げていた。

 

 とりあえず俺が先頭に立つ。


「よお、レイドック。大活躍だな」

「まあな」


 さらっと言い切るところが憎い。もげてしまえ!

 俺は帝国兵に目をやる。全員が観念しているようで、やや仏頂面ではあるが、こちらに怒声を浴びせてくるようなこともない。

 これならカイルと会わせても大丈夫だろうと、振り返りアルファードに頷くと、了解したとばかりに、後方で待機していたカイルを連れてくる。


 カイルが彼らの前に立つと、ゼット・オーバールと名乗っていた大将が驚いたように眉を持ち上げた。


「初めまして、私は、カイル・ゴールデンドーン・フォン・エリクシルと申します。このエリクシル領の領主をさせていただいています」

「領主だと? 話には聞いていたが、ずいぶんと若いな」

「話に?」

「……」


 しまったという風に、ゼットが押し黙る。どう考えてもカイルの母親(生みの親ではない)であるベラから聞いたのだろう。

 ベラは生みの子供であるザイードが領主から外された恨みがあるからな。逆恨みではあるが。

 もっともカイルとマイナの命まで狙っていたのだから、同情の余地もない。


「ベラ・ベイルロード……いえ、今はただのベラから聞いたのですね」


 ゼットはしばし無言を貫いていたが、真っ直ぐに見つめるカイルの視線に耐えきれなくなったのか、ため息を吐く。


「今はバルターク公爵家に戻ったので、ベラ・バルターク様だ」

「帝国の実家に戻ったのですか。ベラがどういう経緯でベイルロード家を外されたのか、帝国には知らせてあるはずですが?」

「政治的な理由は私にはわからぬ。だが、バルターク公爵の立場なら、自分の娘が単身で家に戻り、王国とベイルロード家の悪行を切に訴えるのだ。その後、王国から正式な抗議が来たとて、簡単には受け入れられぬのだろう」


 俺は少し驚く。

 確かにベラの悪行を目の前で見てきた俺たちには、どちらが悪いかなど考える余地もないが、ベラの父親からすれば、貴族の娘が身一つで戻ってきたのだ。簡単に王国の文句など信じられないだろう。


 なんとなく、近くにいたエヴァに話しかける。


「立場が変わると、見方も変わるもんだな」

「そうですね。人は直接見たこと以外、なかなか信じられないでしょうし、親子の情もあるでしょう」


 小さく頷いたあと、エヴァの目が急に据わる。


「ところでなんで私に話しかけるんですか」


 たまたま近くにいたから。とは、なんとなく答えにくい。

 リーファンがいてくれたら、きっとリーファンに話を振っていたのだろうが、彼女は今、生産ギルドでギルド総長とヒーヒー言いながら仕事をしているに違いないだろう。


「あー。その。エヴァは話しやすいし、物知りだからな」

「話しやすい? そんなことを言われたのは初めてですが……」

「え? そうか? 俺が知ってる女性の中でも、トップクラスに話しやすいと思うが」


 これは本当だ。

 俺が元魔術師というのもあるのだろうが、落ち着いた性格で声を掛けやすい。


「そ! そんなことを言われても、う、嬉しくありませんから」

「そうかー。嬉しくなかったかー。それは悪かった」


 どうやら話しやすいというのは、褒め言葉にならなかったらしい。

 もしかして、単純に俺と話すのが嫌なのだろうか?


「わかった。これからは話を振るのは控えるよ」

「え!?」

「ん?」


 なぜか慌てた様子で、激しく首を横に振る。


「い、いえ。貴方は特別に、話しかけることを許してもいい気がしないでもないような……」

「ああ、うん。無理はしなくていいぞ?」

「別に、そういうわけではありません!」


 俺はこの反応をどう捉えればいいんだろう?

 悩んでいると、救世主が登場した。


「お姉は友達が少ないから、混乱してるだけ」

「カミーユ!」

「クラフトは気にせず、どんどん話して構わない」


 突然現れたカミーユが、慌てるエヴァを無視して俺の肩を叩く。


「これからもお姉と仲良くやって欲しい。面白いし」

「あ、ああ。わかった。エヴァは尊敬出来る奴だからな」


 最後の「面白い」という意味は良くわからなかったが、友達が減るのは悲しいからな。


「ぬぐう!」


 顔を真っ赤にしてカミーユに怒っているエヴァのところへ、蒼髪の剣士が近づく。


「お前ら、もう少し緊張感を持てよ」

「レイドックしゃま!」


 もちろん来たのはレイドックである。

 俺たちの馬鹿話に呆れた様子だったが、俺はそこでこいつの様子がおかしいことに気づき、小声で話しかける。


「おい、妙にピリピリしてないか?」

「……戦場なんだから当然だろ?」


 言いたいことはわかるが、すでに大勢は決している。なんでこいつはこんなに気を張っているんだ?

 よく見ると、アルファードもかなり周囲を警戒しているようにも感じる。


 レイドックが腰に手を当て、苦笑した。


「今はカイル様が尋問しているんだ。お前も少し静かにしてろ。エヴァも護衛任務を思い出せ」

「はい。……覚えていなさい、クラフト」

「ごめんなさい」


 確かに話しかけるタイミングが悪かったと反省。

 なぜかカミーユが、俺とレイドックを交互に眺めて、口元を歪めていたが理由はわからなかった。


 気持ちを入れ替え、改めてカイルたちの会話に注目する。

 ちょうどカイルが、ゼットに大事なことを尋ねるところだった。


「どうして帝国はミズホ神国と、マウガリア王国に戦争を?」

「皇帝陛下の決定だからだ。私たちは……帝国軍人だからな。命令は絶対だ」


 この国で言えば王様であるヴァンの決定に逆らえないようなもんか。軍人ならなおさらだな。


「……だが、本音を言えば、今回の城攻めは、本意ではなかった」

「どういう意味でしょう?」

「それは……」


 ゼットは少し口ごもったあと、視線を地面に向ける。


「皇帝陛下の全権を委任された者がいるのだが、実際に全権を握っているのは……」


 悔しげに歯を食いしばるゼット。


「その実権を持つというのはもしかして――」


 カイルが言い終わらないタイミングで、レイドックを始め、アルファードたちが突然抜刀し身構えた。

 慌てて周囲を見渡し、レイドックの視線を追うと、遥か水面の先から水しぶきを上げながら近づいて来る影。


 その影は近づくとスピードを落とし、空中で止まる。

 空から羽を震わせゆっくりと降りてきたのは、蜂の……スズメバチの化け物。

 その異形とは裏腹に、妙に砕けた口調を放つ。


「――おいおい。これはいったいどういうことだよ?」


 そして、その腕にはベラが抱きかかえられていた。

 異形がベラを地面に下ろすと、彼女はまなじりを上げ、憎々しげに呟く。


「なぜ。ゴールデンドーンが、滅んでいないのですか?」


 俺はこいつをぶん殴ろうと心から決意するのであった。


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